遺品整理を家族の代表が進めることは珍しくない。しかし、「よかれと思って片づけた結果」が、家族の間に深い溝を残すこともある。今回は例として、父の愛用カメラをめぐって生じた兄弟間のすれ違いを通じて、整理に先立つ「確認」の重要性を考えたい。思い出の品が「資産」に変わった瞬間父が亡くなったあと、実家の片づけを中心的に進めたのは長男だった。母はすでに他界しており、父が一人で暮らしていた家には、長年の生活の跡がそのまま残されていた。長男は仕事の合間を縫って実家に通い、「早めに整理して不動産の名義変更も進めよう」と考えていた。弟と妹はそれぞれ遠方に暮らしており、頻繁に帰省するのは難しかった。「兄さんに任せるよ」と言われたことで、長男は自分の判断で遺品整理を始めた。当初は、古びた衣類や壊れた家電など、誰が見ても不要と思えるものから順に処分していった。だが、作業を重ねるうちに「これは残すべきか」「価値があるのか」と迷う場面が増えていった。書類や印鑑、古い日記、趣味の収集品など、価値の有無をすぐに判断できないものも多かった。特に、父が若いころから趣味で集めていたカメラがそうで、ホコリをかぶったまま棚の奥に並んでいた。古いストラップや説明書も混じっており、見た目はどれもくたびれていた。長男は「もう壊れているだろう」と思い込み、まとめて中古品店に持ち込み、数万円で引き取ってもらった。その後、遺品整理はおおむね終わり、実家の売却準備も進み始めていた。ところが、四十九日の法要で家族が集まった際、弟がふと「お父さんのカメラ、あのライカは残ってる?」と尋ねた。長男が「古いのは全部処分した」と答えると、弟は一瞬、顔色を変えた。父が昔から大切にしていた限定モデルがあり、写真仲間の間でもよく知られた希少な一台だったという。後日、弟が同型機を調べたところ、現在は市場で数十万円以上の価値があることがわかった。弟は「確認もせずに売るなんて」と不満を漏らし、妹も「せめて一言相談してくれればよかった」と不信感を抱いた。長男は「知らずに進めただけで、悪気はなかった」と釈明したが、すでに品物は中古市場に流れており、取り戻すことはできなかった。長男が弟と妹に対して金銭的な補償をどうするかをめぐって、家族内で話し合いが続いた。幸いにも、家庭裁判所に持ち込むほどの深刻な争いには至らなかったが、しばらくの間、弟や妹との関係にはわだかまりが残った。(※プライバシー保護の観点から、内容を一部脚色している)善意でも「独断整理」はリスクになる問題となったのは、「処分の判断」と「確認の手順」である。善意であっても、遺品を一人で扱うと、他の相続人に「勝手に処分した」と受け取られやすい。とくに骨董品やカメラ、時計などは価値の判断が難しく、あとから高額とわかって揉める例が多い。誤解を避けるには、整理前に「何をどう扱うか」を家族で共有しておくことが基本だ。写真で記録を残す、グループチャットで報告するなど、経過を見える形にしておくとよい。価値が不明な品はリサイクル店ではなく、専門店や鑑定士に相談したい。「遺品整理と相続」の落とし穴遺品整理は単なる片づけではなく、「財産確認の作業」と考えるべきだ。現金や不動産だけでなく、趣味の品や貴金属も相続税の対象になる場合がある。価値を確かめずに処分すれば、財産目録の作成や申告に影響するおそれがある。家族の信頼を失わないためにも、「早く片づける」より「正しく残す」ことを優先したい。整理の段階から専門家に相談し、第三者が財産の内容や価値を確認できる体制を整えることが、結果的に、トラブルを防ぐ最も確実な方法である。【プロフィール】石坂貴史/証券会社IFA、AFP、日本証券アナリスト協会認定資産形成コンサルタント、マネーシップス運営代表者。「金融・経済、住まい、保険、相続、税制」のFP分野が専門。