オランウータンのぬいぐるみを母代わりに、懸命に群れに馴染もうとする姿に応援の声が集まっている、市川市動植物園(千葉県市川市)の子ザル「パンチ」。それと対照的に、人のまねをして人とふれあう姿が注目を集めてきたのが、チンパンジーの「パンくん」だ。
パンチをめぐっては、他の猿から攻撃されるような動画が拡散されると、「かわいそう」との声も上がった。それでも、人工保育のまま人と暮らすのではなく、群れへと戻ることが望ましいと考えられている。その理由や重要性について、パンくんの例を交えながら専門家に話を聞いた。
「ニホンザルとして生きるためには必要なこと」
園によればパンチは、生後約半年のニホンザルで、母ザルが育児をしなかったことから飼育員による人工保育で育てられた。2月初旬頃に、母代わりのぬいぐるみにしがみつく姿や懸命に群れに馴染もうとする姿がSNSを中心に話題に。来場者が倍増したほか、海外からも注目され、25日には米・ホワイトハウス公式Xが言及した。
2月19日頃には、ほかのサルがパンチを引きずるような動画が拡散。「群れで生きていくには必要な事」といった意見の一方、「ショック」「かわいそう過ぎる」といった声も寄せられた。海外では、園に批判的な目を向け、「パンチを引き取りたい」とするXユーザーもいた。
こうした反響を受け園は動画の状況について、直前のパンチの他の子ザルに対する行動について、その母ザルが怒ったのだろうと説明。躾を受けることでコミュニケーションを学んでいるとし、「ただかわいそうと思うのではなく、パンチの頑張りを応援していただければと思います」と呼びかけた。
こうした試練を乗り越えても、人工保育で育ったパンチを群れに戻す必要性はどこにあるのだろうか。
野生のニホンザルを専門に研究する防衛医科大学校の関澤麻伊沙助教は26日、J-CASTニュースの取材に、「今後どのように生きていくことがパンチくんにとって良いのかを考えた時に、ニホンザルらしく生きるということが大切」と話した。
そのためには、他のサルとどのように付き合うか、やってはいけないことなど、「群れで暮らしていくためのニホンザル独特のルールややり方」を覚えていく必要があるという。子どもの頃にさまざまな経験を積まなければ、こうしたルールは身に付かないとし、
「攻撃されたりというのは、かわいそうに見えるかもしれませんが、パンチくんがニホンザルとして生きるためには必要なことだとみています」
と指摘した。
パンチと対照的に人とのふれあいが注目を集めた「パンくん」
過去に日本で話題になった霊長類としては、チンパンジーの「パンくん」がいる。テレビ番組「天才!志村どうぶつ園」(日本テレビ)にも出演していたチンパンジーで、ザ・ドリフターズの志村けんさんとの仲むつまじい様子も見せた。
パンチと名前が似ていることも相まって、Xではパンくんを思い出すといった声も上がっている。
パンくんは現在、阿蘇カドリードミニオン(熊本県阿蘇市)で、「奥さん」というメスのポコちゃんと、ポコちゃんとの子であるプリンちゃんと暮らしている。たびたび、YouTubeチャンネル「パンくん宮沢さんTV」に出演しており、おせちやわたあめを食べる、キックボードに乗るといった動画が公開されている。サルの群れに馴染もうとする姿が注目されるパンチとは対照的に、パンくんは人と触れあう場面が多く公開され、それが注目されてきた印象だ。
パンくんのこうした様子について関澤助教は、パンくんの現在の暮らしの背景を詳しくは知らず、また、さまざまな状況で群れに戻せないこともあるため、「人工保育をして一生人と暮らすことが全く悪いわけではない」と前置きしつつ、
「チンパンジーは力が強いので、事故が起こりうる可能性は当然あります。(人と楽しく関わる)動画を見て、チンパンジーに親しみを持つことは決して悪いことではありませんが、二本足で歩いたり、人と同じような行動をして、人と同じようなものを食べるというのは本来のチンパンジーの姿からはかけ離れているものなので、誤ったチンパンジーの姿が多くの人に広まってしまうということには危機感を感じています」
と警鐘を鳴らした。
実際パンくんは、12年9月に出演していたショーの後に、研修生を襲い、けがをさせたことが報じられている。
関澤助教は、特定のトレーナーとは良い関係を築けていても、そのトレーナーが仮に先に亡くなるなど関われなくなってしまったときに、チンパンジーが孤独になってしまうという問題もあると指摘。「チンパンジーは群れで過ごす生き物なので、長きにわたってパンくんが孤独な状況になってしまうことは、良くないと考えられます」とした。
さらに、絶滅危惧種に指定されているチンパンジーは、「エンターテインメントとして使うっていうこと自体にも、近年はかなり厳しい目が向けられるという状況になっています」という。
なお、阿蘇カドリードミニオンは、日本動物園水族館協会(JAZA)からこうしたチンパンジーのエンターテインメント利用について改善勧告ののち脱退勧告を受け、09年1月に退会したことが報じられている。
ニホンザルの場合は、絶滅危惧種には指定されておらず、チンパンジーほど力も強くはないものの、エンターテインメント化による誤ったニホンザル像の拡散への危機感や、群れで暮らす特性から引き離すリスクについては同様のことが言えるとした。
長い寿命を生きる上で「何が幸せなんだろうということを1度考えて」
市川市動植物園は22日、パンチの様子について「2頭のサルに念入りに毛づくろいされるなど、群れに着実になじんできています」と投稿。その後も、他の子ザルと遊ぶ様子を伝えている。
関澤助教も、他の子ザルもトライエンドエラーでコミュニケーションを学んでいくものだとし、パンチについて「発達としては正常」との見方を示す。
園が行う人工保育の子ザルを群れに戻す取り組みについて、「最初はうまくいかないことも多いので、それに対してかわいそうだなと思うのは、人として当たり前のことだと思います」としつつ、「霊長類は寿命が長いものが多いので、長く生きていく上で、その子にとって何が幸せなんだろうということを1度考えてほしい」と訴えた。
また関澤助教は、ニホンザルを群れに戻す取り組みの例は少ないものの、市川市動植物園は09年にパンチと同じく人工保育で育った子ザル「オトメ」を群れに戻すことに成功した経験も持っていることにも言及。なお、園の公式Xは、オトメは4度出産し、全て自ら育児をしたことも伝えている。
関澤助教はパンチの話題を機に、
「パンチくんだけじゃなくて、群れの中にいるいろいろな個体にぜひ目を向けてほしいなと思っています」
「ぜひニホンザルに目を向けて、どういう生き物なんだろうということを知ってもらえたら嬉しい」
と述べた。