近年、日本では働く人の価値観が変わりつつある。転職市場の注目度は高いが、仕事をやめたいと思っても、なかなか行動に踏み切れないでいる人もいるかもしれない。一方で、退職をめぐる職場内での行き違いやトラブルが表面化するケースもあるようだ。
退職を告げたその日から、帰宅時間がさらに遅くなったという佐藤健太さん(仮名・20代)。前職を辞めたのは、今から約1年前のことだった。
退職を伝えた夜から続いた「地獄の面談」
佐藤さんは、営業会社で主任を務めていた。勤続は3年7か月。役職手当はあったものの、業務量と拘束時間を考えると、対価に見合っているとは感じられなかったという。
「18時を過ぎてから、会議や事務作業がはじまるのが当たり前でした。22時退社が実質の定時。早く帰ろうとすると、嫌みを言われました」
限界を感じ、上司に退職の意思を伝えた。
「その日の夜に会議室に呼ばれて、23時まで外に出してもらえませんでした」
辞める理由や次の進路について、繰り返し問いただされたそうだ。オフィスの電気が半分消え、社内が静まり返る時間帯まで面談は続いた。
翌日も同じだった。
「考え直した?」
夕方に帰社した瞬間、再び会議室へ呼び出された。23時までの面談が続き、それが1週間繰り返されたのだ。
「逃げるのか」という言葉の圧力
佐藤さんが会議室に長時間こもる様子は、社内でもうわさになったという。
「辞めるってマジ?」
「相当揉めてるらしいよ」
喫煙所で話題になっていることが、後輩を通じて耳に入った。ひっそり退職するつもりが、いつの間にか注目の的になっていたようだ。
面接の中で、上司の言葉は次第に強まっていったという。
「逃げるのか」
「ここで逃げたら、どこへ行っても通用しないぞ」
「その実績で次がうまくいくと思っているのか」
佐藤さんは「毎日言われ続けると、『自分が逃げているだけなのかもしれない』という気持ちになりました」と振り返る。
閉ざされた会議室という空間で、否定的な言葉を浴び続けるうちに、感覚が鈍っていくようだったという。しかし同時に、退職の意思を示した社員に対して、深夜まで拘束する状況そのものに違和感も覚えた。
「辞める人に対して、ここまでやるのは普通なのか......と、冷静に考えるようになりました」
最終的には、強行突破だったそうだ。1週間の会議室での面談でも意思を変えなかったことで、上司も諦め、退職が決まった。
転職後に感じた変化
現在、佐藤さんはIT企業で営業職として働いている。転職から3か月、成績は「中の上」だという。
「主観では言いたくないですが、客観的に見れば『通用している』と思います」
かつて言われた「どこへ行っても通用しない」という言葉は、少なくとも現時点では現実とは異なっているようだ。
長時間の拘束や人格を否定するような発言が続けば、精神的負担は大きくなるだろう。退職をめぐる面談で強い圧力や不当な扱いを感じた場合、社内の相談窓口や労働局の総合労働相談コーナーなどの外部機関に相談することも選択肢のひとつといえる。
退職は「逃げ」なのか――。それとも、自分の働き方を見直す選択なのか――。もちろんその回答は、職場ではなく、当事者自身が決めるものなのだ。