古賀氏、父の遺骨の代わりに拾った小石を持ち帰って仏壇に
古賀氏は開戦前年の1940年に生まれた、終戦記念日の後で父親戦死の知らせを聞いた。自民党幹事長を引き継いだ野中広務氏に背中を押され、2003年に初めて父の部隊が全滅したレイテ島のジャングルに赴き、慰霊した。父の遺骨の代わりに拾った小石を持ち帰り、自宅の仏壇に納めてある。
古賀氏は、戦後世代の議員への警告として、「例えば『強い国』とは、何を誇れる国なのか。歴史を深堀りして考える必要がある」と繰り返し語っている。
福田氏は父の赳夫・元首相と日本占領下の南京に移住した後、群馬県に戻った小学生9歳の時に終戦を迎えた。「軍国主義教育」が「民主政治」に逆転する「大変化に衝撃を受けた」と話している。
高市首相は2026年8月15日の全国戦没者追悼式で、2025年に石破首相(当時)が13年ぶりに復活させた「反省」を使わず、「戦争の惨禍を、二度と繰り返さ『せ』ない」と、わざわざ「せ」を入れた。これについて、福田氏は「違和感がある。ふつうの日本語でしゃべってほしい」と言っている。