「法律上問題ない」という、かつて批判したはずの常套句
さらに看過できないのは、離党していく議員たちの無責任さである。
彼らは総選挙の際、自公政権に対峙する「中道改革の大きな塊」を掲げて有権者に一票を訴えた。
その結果、小選挙区で敗れながらも、党の比例名簿によって辛うじて議席を拾った議員も少なくない。
有権者が託したのは個人の人気ではなく、「中道改革連合」という看板と政策への信託だったはずだ。
にもかかわらず、選挙が終わって党が空中分解するやいなや、彼らは平然と古巣の公明党や立憲系の新党へと看板を掛け替えていく。
永田町では、自民党の裏金問題に関与した議員や日本維新の会の離党議員に象徴されるように、「離党はしても議員バッジは外さない」という議席の私物化が常態化している。
だが、今回の身勝手さはとりわけ際立っているように見える。
さらに呆れるのは、秋の臨時国会に向けて、離党組による立憲系の新党、復党先の公明党、そして1人だけ残った中道改革連合が、そろって衆院の統一会派「中道」を結成する方針だという点である。
国民の前では袂を分かって別々の看板を掲げながら、国会内では議席数に応じた質問時間や役職ポストの便宜を貪り、1人だけ残した党の交付金(金庫)を清算に充てて実質的に共有するというわけだ。
派閥の裏金問題に対し、「カネに汚い自民党政治を正す」と声を枯らして批判してきたのは、ほかならぬ野党勢力だったはずである。
しかし、いざ自らの台所事情となると、法制度の隙を突いて血税に依存しているようにしか見えない。
たしかに、議員1人を残して交付金を受け取るスキーム自体は、法形式上「違法」ではないのかもしれない。
だが、その言い分は、自らが厳しく糾弾してきた疑惑議員たちの「法的には問題ない」という常套句とまったく同じではないか。
こうした姿を見せつけられた有権者が、果たして再び野党に期待を抱くことなどできるのだろうか。