圧倒的な品ぞろえとメーカー直接仕入れによる価格の安さで「玩具業界の黒船」とまで呼ばれた巨人が、ついに経営再建を迫られた。
「日本トイザらス」は2026年10月1日、東京地裁に民事再生法の適用を申請し、6日に再生手続き開始決定を受けた。負債総額は約132億円で、玩具量販店としては過去最大の倒産となる。「ドン・キホーテ」などを展開するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)と事業譲渡契約を締結し、裁判所の許可を前提に10月30日の事業譲渡を予定している。
成功したアメリカ型ビジネスモデルに行き詰まり
日本トイザらスは1989年、米トイザらスと日本マクドナルドの合弁で設立され、91年に国内1号店を茨城県にオープンした。広い店舗に大量の商品を並べ、豊富な品ぞろえと低価格を武器に家族連れを呼び込むアメリカ式の販売スタイルは、それまでの日本の玩具店とは一線を画した。
2000年には国内100店舗を達成し、02年にはベビー用品に特化した「ベビーザらス」も開業。07年1月期には、ピークとなる売上高約1943億6500万円に達した。
しかし、その後は長期低迷に入った。19年1月期には売上高が約1301億6300万円まで減少し、約33億6500万円の赤字に転落。25年12月期には売上高が約752億1100万円とピーク時の4割程度まで落ち込み、最終赤字は8期連続となっていた。希望退職などのリストラ策を講じたが、それでも業績悪化に歯止めをかけられなかった。
なぜ、かつての「黒船」が沈んでしまったのか。
最も大きいのは、成功を支えたアメリカ型の大型店ビジネスモデルが、日本の市場に合わなくなったことだろう。
先述したように、トイザらスはベビーザらスを含め、家族連れをメインターゲットにしていたが、日本では少子化が進み、大規模店でのファミリー層中心のビジネスモデルが成立しづらくなった。さらにネット通販の普及によって、おもちゃやベビー用品のために大型店まで足を運ぶ必要性が薄れた。
家電量販店などもベビー・キッズ用品を安価に扱い、ライバルも増えた。かつて収益の柱だったゲームソフトもダウンロード販売が拡大している。こうした市場の変化によって、「黒船」の戦略に狂いが生じていった。