〔 音とデザイン 第1回 〕

最先端のアートは音楽とともに生まれる
コンセプター坂井直樹さん×アーティスト真鍋大度さん

    音とデザインについて、一流のクリエーターたちはどのようにとらえているか――。日本のプロダクトデザインをリードしてきたコンセプターの坂井直樹さんが、クリエーターとの対話を通じて、その問いに迫るこの対談企画。記念すべき第1回は、世界的アーティストであり、インタラクションデザイナー、プログラマー、DJとして幅広く活躍する、Rhizomatiks(ライゾマティクス)の真鍋大度さんです。創造の原点、音楽への興味関心、これからの活動をうかがいます。

真鍋大度氏(写真左)と坂井直樹氏(写真右)。対談は真鍋氏のクリエイティブが生み出される工房ともいえる部屋で行われた。後ろに見えるのは真鍋さんのアナログレコードコレクション。
真鍋大度氏(写真左)と坂井直樹氏(写真右)。対談は真鍋氏のクリエイティブが生み出される工房ともいえる部屋で行われた。後ろに見えるのは真鍋さんのアナログレコードコレクション。

もしも自分の表情を他の人にコピーできたら?

坂井直樹さん(以下、坂井):真鍋さんとは意外なご縁があって――あとで聞いた話ですけれど、うちの息子の友達だったとか。真鍋さんみたいな才能ある人と僕は、出会う運命にあるのかもしれませんね(笑)。そういう話はさておいて、真鍋さんがプログラミングなどによるデジタル技術を駆使した仕事や活動に興味を持つようになるのはやっぱり、子どもの頃の影響があるの?

真鍋大度さん(以下、真鍋):ゲームが好きだったというのがひとつありますね。10歳の頃だったと思いますが、ゲーム好きが高じてゲームをつくりたい、と考えていて。ちょうどその時、初心者向けのプログラミング言語のBASICが人気で、さらに自宅のパソコンでできる環境がありました。雑誌を読みながら、ゲームをつくるためのプログラミングを始めたんです。

坂井:親はゲームとかパソコンに向かう時間を制限しがちだけど、真鍋さんにはそういうことはありませんでした?

真鍋:そうですね......。両親からはゲームをすることには厳しく言われましたが、パソコンについてはほとんど制限されませんでした。ちょっと本質をとらえていませんね(笑)。

坂井:ははは。真鍋さんはお父様がベーシスト、お母様がシンセサイザーの開発に関わるなど音楽関係と縁が深いよね。ご自身も大学時代、DJとして活躍されましたがその道には行かなかったのですね。

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真鍋:DJは楽しかったのですが、人気商売なので先が見えず難しいなと判断して諦めてしまいました。一方で、数学科だっということもありプログラミングを使った音素材や曲作りもしていて、プログラミングへの関心はずっとありました。自分の中ではどっちつかずというか、未練がある状態でしたね。

坂井:そんな心境だったんだ。真鍋さんはクリエーターだと思われていますが、バリバリの理系。やっていることの根本は、プログラミングだし。

真鍋:そうですね。ただ数学科の学生だった当時、数学やプログラミングをクリエイティブな表現に使う、ということはあまり行われていませんでした。それに近いことができるとしたら、ゲームの制作ですが就職活動でうまくいかず、大手電機メーカーに就職しました。システムエンジニアとして、防災システムなどの開発に携わっていました。

坂井:でも、1年半ほどして会社を辞めてしまう。

真鍋:やはり、クリエイティブな方向に進みたくなったんですよね。個人で何かできることはないか――そう考えていた時期に出会ったのが、プログラミング技術を生かして制作していくメディアアート。2000年ごろになると、Flash(フラッシュ)を使って、個人のクリエーターが誰でもウェブで作品を発表し始めていました。それを見て、「こういうこともできるんだな」と感じる一方で、自分としては「もっと空間的な表現をやりたい!」と考えました。

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坂井:そんな経緯があったなんて、知らなかったな。そういう思いを抱いて2002年、IAMAS(岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー)に入学する、と。ここで、プログラミング技術を駆使したメディアアートや、先端技術と音楽・映像を融合させた演出で、エンターテインメントの世界で取り入れられている、インタラクション(相互作用)デザインに本格的に触れていくわけだね。

真鍋:そうです、そうです。

坂井:この分野に詳しくない読者の方もいると思うので説明しておくと、デジタル技術を駆使したアート作品として、社会に問題を提起していくものがメディアアートですね。そして、メディアアートの手法をエンターテインメントの世界に持ち込んだのが、後で話にも出てくるPerfumeのライブ演出ですね。人間の動きに呼応して、光の色や形がリアルタイムで変わる双方向(インタラクティブ)な技術が成功している。真鍋さんたちは、もしかしたら今はそっちの仕事で名前が売れているかもしれないけれど、最初に真鍋さんの名が世界で知られたのは、自分の顔に電極を付けて低周波刺激装置で表情をコントロールするメディアアートの動画作品「electric stimulus to face」(2008年)だったよね。


真鍋:自分の表情を他の人にコピーできたら面白いな、という好奇心でつくった作品です。独自のハードウェア、ソフトウェアも開発しました。話題になったのは制作途中の動画なんですけどね。公開後は早い段階で、100万再生を超えました。今は100万再生ってそんなに珍しくありませんが、当時としてはすごいことでした。ディスカバリーチャンネル、MTV、BBCなど海外メディアもけっこう取り上げてくれて、いろんなオファーが届きました。この時期は海外に行く機会が多かったですね。30都市くらい招待されて旅しました。面白いと思ったのは、海外での反応はなぜやったのか――Whyの部分に関心があったこと。こいつ、何でこんなことやってるんだ、と(笑)。日本の場合は、どうやってつくっているのか――How的な関心が高かったですね。

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