「ねぇ、回収率100%の夢のような債権、回収させてあげようか?」不敵な笑みを浮かべつつ近寄ってきたのは、入社以来、私の教育係をしてくれているK先輩(30代、S系美人)。手にはなぜか、禍々しいオーラを放つ分厚いファイルが握られています。「え、なんですかそれ?」。身構えつつ私は答えました。この先輩は督促を始めて2日目の私に、教育と称してクレーム対応をさせたドSなので、簡単に信用はできません。「医療費」と言っても気づいてもらえず「先輩、なんですかそれ…」(イラスト:N本)「すごいのよ。ショッピングクレジットなんだけど、こんなに回収率が高い商品見たことない。しかもお客様は絶対に怒鳴らない、まさに『奇跡の債権』なんだから」商品購入の際にカード会社が代金を立て替え、後から請求を行うショッピングクレジット。本やCDの通販から、ブランドバックや高級車、高級エステの施術料の分割払いに至るまで、さまざまな買い物に使われています。「で、なんの督促なんですか?」「うん、包茎手術」「は?」「包茎手術」「に、2回も言わないで下さい!」予想外の答えにいたたまれない気持ちになっている私に、K先輩はこの上なくいい笑顔で債権リストが綴られたファイルを渡してきました。もちろん断れるはずもなく、私はその商品の督促をすることになりました。「あのう、○○カードのエヌモトと申します。×月×日までにお支払いの商品のご入金のお願いで、ご連絡をさせていただきました…」「え、○○カードさん?」電話口に出たのは20代の男性。今回のお支払いが第1回目の請求です。「俺、○○カードさん使ってないですけど?」「カードのご利用ではなく、ショッピングクレジットでご利用いただいている分で…」初めて支払いをされるお客様は、自分がどこの会社でクレジットを組んだかお忘れになっている方も多くいますので、まずはそこから説明します。「何の費用ですか?」「……医療費です」ソレ専門の回収会社もあるらしい女性の補正下着や男性のカツラといった、他人に買っている事が知られると支障のある商品は、請求書にそのままの商品名ではなく、略称やイニシャル表記などやや分かりにくい名前で書かれている場合があるのです。ただ、これが原因でお客様から「こんな商品買ってない!」とクレームを受ける場合も多々あるので、悩ましいところ。「えー、なんだっけなぁ~」。うぅ、早く思い出してほしいのに、と気まずくなっている私をヨソに、お客様はなかなか思い出して下さいません。仕方ない、これもお仕事。私は腹をくくりました。「×月×日、△△クリニックでご利用された、医療費ですっ!」一瞬の沈黙の後、「あ、ああああ!はいはいわかりましたっ、払います!」。ものすごい勢いで電話は切られました。そして1時間もしないうちに入金確認が取れ、その後も督促電話を掛けた「奇跡の債権」は、ことごとく入金になりました。これはすごい。あまりの入金スピードに驚いていると、K先輩が耳打ちしてきました。「美容整形とかもそうなんだけど、人に知られたくないものは回収率がいいのよね」確かに他人に知られたくない商品が未入金のままだと、気がかりで落ち着かないのかもしれません。「ちなみに、この手術専門で立替えと回収やってる会社もあるのよ。転職するんだったら、いつでも紹介するけど?」「う……、ちょっと、考えさせえて下さい」この商品、かなりいいかも。毎日コレの督促をするのは少し複雑だけど、すぐに入金してもらえるし、お客様に怒鳴られないのは確かにいいなぁと、本気で転職を考えてしまった私でした。N本(えぬもと)>>債権回収OLのトホホな日常・記事一覧
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