2019年 8月 20日 (火)

ペーパーテストをなくしても社会は変わらない

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   政府の教育再生実行会議が「大学の二次試験から学科試験をなくし、面接など人物評価にシフトする」というプランを検討しているという。いわゆる"ガリ勉"タイプだけではなく幅広い人材を受け入れるのが目的らしい。

   筆者自身の考えを言っておくと、「多様な人材を受け入れる」という方向性自体は正しいと思う。企業にせよ教育機関にせよ、組織として発展していくためには、それは必要不可欠なものだ。ただ、だからといって敷居を低くするだけでは問題は解決しない。というわけで、簡単に論点をまとめておこう。

「昔から一貫してバカ」が混じるようになるだけ

   昔から日本の企業と大学の間ではある論争が続いていた。

企業「日本の大学はぜんぜん使えない」
大学「企業が大学教育をぜんぜん尊重しないからだ」

   使えないから無視するのか。無視するから使えない(ように見える)のか。筆者は昔から一貫して「ほぼ全面的に企業が悪い」という意見である。

   内定出した後になって成績証明書を提出させたり、授業のある平日に平気で面接やイベントをぶつけてきたり、トップが日経新聞の"私の履歴書"で「学生時代は全然勉強してなかったけど、いまや社長だもんね、ヘヘン」とワルぶって語っちゃうような社会で、誰が真面目に勉強しようと思うだろうか?

「そうか、入学したらもう勉強しなくてもいいんだ!」

   と早合点して遊び呆けてバカになるだろう(少なくとも筆者の周囲の文系東大生は全員そうだった)。

   では、なぜ日本企業は大学教育の中身をぜんぜん重視してないかというと、終身雇用である以上、できるだけ若くて無色透明な人材を採って、自社に特化した形でじっくり育成した方が合理的だからだ。

   大企業の新卒採用で「だぶってていいのは2年まで」とか「6大学以上」なんてポテンシャル重視の暗黙基準があるのは、こういう理由からである。

   こういう状況を放置したまま入試という入り口だけを多様化させても、「昔そこそこ勉強ができたバカ」の中に「昔から一貫してバカ」がいっぱい混じるようになるだけだ。おそらく審議会が熱望しているであろう「卒業時点で何か光るものがあるエリート」は育たないと思われる。

「学科試験なくし面接など人物評価」で大学はどうなる?
バカが増えるだけ
人材が多様化して良くなる
変わらない
わからない
その他
人事コンサルティング「Joe's Labo」代表。1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。ブログ:Joe's Labo
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