2019年 11月 18日 (月)

履歴書「手書きで誠意を」の勘違い 「そんなアピールしかない」学生になる前に

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   就職活動の記事を続ける。今回は履歴書についてだ。

   毎年繰り返される、履歴書は手書きであるべきかどうかといった話である。これには、手書き派、反対派双方の意見は全く噛み合わずに、決着点を見たことがない。

   筆者は、手書きだろうが、ワードやエクセルだろうか、どっちも変わりないので、省力化してワードやエクセルでプリントアウトしたほうがいいと思っている。

ノースキルの英語も喋れない文系

手書きにするか、それとも・・・
手書きにするか、それとも・・・

   理由は簡単で、前々から記事と主張は同じである。

   ノースキルの英語も喋れない文系で、まったく特筆するスキルもなければ、学生時代に誇れる経験も、なにかを成し遂げたとかいう行動様式もなにもない学生がいたとする。

   こういう学生は、すでに手遅れなのだが、それでも卒業してしまうのだから、就職活動をしなくてはいけない。

   こういう学生をほしいと思うまともな企業はすくないので、この学生は活動を続けようにも、落ちまくる結果になる。

   もしこの学生が、ワードの履歴書をつかっていたとしたら、

「手書きでないから落ちるのだ。手書きで誠意を伝えなければ」

と思うのは自然だろう。内定がでないのは、本質的に能力不足であることが原因なのだが、履歴書の手書き云々に話を帰結させてしまいかねない。同様にスーツの色が黒でないからだとか、そういう話になってしまう。

   そして、学生のほうも、実質的な能力ではなにもアピールすることがないのだから、

   「手書きの履歴書」で「熱意」をアピールするしかない。

   不合理だとおもっていても、企業の指定するフォーマットを何も疑わずに忠実に守るという社畜能力を、手描きの履歴書と、真っ黒のリクルートスーツでアピールするのだ。

大石哲之(おおいし・てつゆき)
作家、コンサルタント。1975年東京生まれ、慶応大学卒業後、アクセンチュアを経てネットベンチャーの創業後、現職。株式会社ティンバーラインパートナーズ代表取締役、日本デジタルマネー協会理事、ほか複数の事業に関わる。作家として「コンサル一年目に学ぶこと」「ノマド化する時代」など、著書多数。ビジネス基礎分野のほか、グローバル化と個人の関係や、デジタルマネーと社会改革などの分野で論説を書いている。ベトナム在住。ブログ「大石哲之のノマド研究所」。ツイッター @tyk97
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