2018年 10月 23日 (火)

その58 映画の紋切型誇大広告 「こんなものいらない!?」(岩城元)

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   週末の新聞の夕刊には映画の広告が多い。週末に公開する映画、あるいは、すでに上映中の映画の広告である。

   それらを見るのは、ひとつの楽しみだけど、首を傾げさせられる表現も多い。

  • 映画の新聞広告から「紋切型かつ誇大」な表現を集めてみた。
    映画の新聞広告から「紋切型かつ誇大」な表現を集めてみた。

「満員御礼!」なのに、ガラガラ

   たとえば、翌日に公開の場合、「明○○日公開」で十分だと思うのだが、「いよいよ公開」「ついに公開」というように、余計な言葉がよくくっついている。

   たかが映画の公開である。「いよいよ」「ついに」は、なんとも紋切型で、かつ大げさではないだろうか。

   すでに公開中の映画だと、やはり紋切型の「満員御礼」という表現が目につく。でも、僕もときどき自宅に近い映画館に足を運ぶが、満員だったことなんて、まずない。田舎の映画館のせいかもしれないが、逆にガラガラで、「これでもやっていけるのか」と、心配になることのほうが多い。

   広告をつらつら眺めていると、「満員御礼」はまだおとなしいほうである。「絶賛公開中」「絶賛上映中」「大ヒット上映中」「各紙で絶賛」「絶賛の嵐」などと、どんどんエスカレートしていき、これらをまとめて「大ヒット絶賛上映中」というのもある。

   僕が見た中では「連日満席続出 驚異のリピーター続出」がもっとも大げさだった。そして、これらにはよく「!」が1個、2個、3個とついている。まだまだ強調したいようである。

映画、愛してますか?

   映画の内容では「待望の感動作」というのが気にかかる。私たち観客に断りもなく勝手に「感動作」とは押しつけがましいが、「待望」もおかしくはないか。「待望の映画化」というのも見かける。

   「紋切型社会」(武田砂鉄著)という、ちょっとユニークな本がある。著者が以前、出版社で編集者をしていたとき、ある単行本を文庫本にするにあたって「待望の文庫化!」という帯文を書いた。帯文とは書籍の腰のあたりに巻いてある帯状のものに書く文のことである。

   すると、上司から「いったい誰が待望しているのか」と問われ、返答に窮したそうだ。すでに単行本で買った人は文庫化を待望していない。単行本は高いから買わない、文庫本なら買ってもいいと思っている人も、待望していたとまでは言えない。

   つまり、「待望の映画化」も含めて、この場合の「待望」は紋切型の表現である。ハリウッド映画の広告にときどき出てくる「全米が泣いた」「世界中が絶賛した」についても、同じことが言える。

   こんな紋切型の誇大広告ばかりを見せられていると、どの映画がいいのか、分からなくなってしまう。映画関係者が本当に映画を愛しているのなら、広告にももう少し誠実に取り組んでほしいのである。(岩城元)

岩城 元(いわき・はじむ)
岩城 元(いわき・はじむ)
1940年大阪府生まれ。京都大学卒業後、1963年から2000年まで朝日新聞社勤務。主として経済記者。2001年から14年まで中国に滞在。ハルビン理工大学、広西師範大学や、自分でつくった塾で日本語を教える。現在、無職。唯一の肩書は「一般社団法人 健康・長寿国際交流協会 理事」
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