2019年 7月 22日 (月)

【IEEIだより】福島レポート 復興のカタチ 日々を暮らし続ける「力」のスゴさ(越智小枝)

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   大阪の地震に続く西日本の豪雨災害。猛暑に台風の襲来が加わり、今もまだ二次災害の増加が予測されています。そんななか、私は空調の効いたオフィスで雑務に追われている自分に強い罪悪感を覚えます。

   「今、あんなに困っている人がいるのに、自分はこんなに安穏と暮らしていていいのだろうか」--と。

  • 淡々と日々の生活を続ける「力」が被災地を支えることにつながる
    淡々と日々の生活を続ける「力」が被災地を支えることにつながる

「被災地に貢献していない」のは恥ずかしいこと?

   災害時、そういう焦燥感にかられつつ、歯噛みする思いでニュースを見ているのは、おそらく私だけではないでしょう。東日本大震災後にもそのような「罪の意識」を打ち明ける方が大勢いらっしゃいました。

「私は被災地に何も貢献できていないので、何かを語る資格もない」
「子育てに忙しくてニュースもろくに見られなかったので、恥ずかしい」

   東京で幼稚園生の親御さん方にお話しをした際、そう言われたこともあります。

   災害の後、すべての人が支援に行けるわけはありません。むしろ災害のすぐ後に被災地に関われる人のほうが圧倒的に少ないでしょう。では被災地にも行けず、ただ日常生活を送るしかない私たちは、被災地に貢献していないのでしょうか――。

   それは違う、と私は思います。今の浜通りの復興を見て強く感じることは、どんな有事にも日常を暮らし続ける力こそが被災地を支えている、ということでした。

   それが「日常力」です。

   相馬が津波被害に遭った直後のことです。津波により電気が失われ、凍えた人々が高台に避難するなか、かろうじて津波から逃れた、ある宿の女将さんは、

「冷凍庫が停電したから中身が傷んじゃうのよ」

と、冷凍庫の中身を避難された方にふるまった、と言います。自衛隊が乾パンを持って到着したときには避難者がカニ鍋をつついていた、という笑い話のような逸話ですが、災害時にこんな風に暖かい食事をつくれる人の存在は、想像以上に大きなものです。

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