すずらん通りには、個性的な古書店が積み木のように並ぶ。虔十書林(けんじゅうしょりん)もその一つで、黄色い看板に描かれた猫のイラストがトレードマークだ。虔十書林は、店主の多田一久さんと奥様の道子さんがやさしく迎え入れてくれる細長い店内に足を踏み入れると、両側の高い棚に映画のパンフレットとチラシ、詩集、幻想文学などが並ぶ。専門分野はなんだろう。目的がなく入っても、手に取ってじっくりと眺めたくなる品物が散りばめられているようで、つい店を何往復もしてしまう。店主の多田一久さんと、奥様の道子さんが気さくに取材を引き受けてくれた。町の古本屋さんから神保町へもともとは板橋区にお店を構えていたという。当時の品揃えは、特定の古書を求めるお客さんに向けたものではなく、実用書など生活に根付いたものがほとんどであった。11年間、板橋で営業したのち、同業者の勧めで2001年に神田の街に移転した。「本の街で営業するには、何か専門分野を持たないと!と考え、今の映画・文学・児童書を主とした形になっています」何度か移転をし、すずらん通りにやって来たのは2019年の3月。「元々この場所でやっていた方に『ここ使ってくれない?』と言われて条件も合ったのでそのまま越して来ました。なにかと促されるままにこれまでやって来たんです」と、一久さんはニンマリと笑う。移り変わる神保町の様子について、うかがった。「海外から来られるお客さんがかなり増えたように思います。邦画のポスターなど、丁寧に保存された状態の良さに感激してくれますね」と、道子さんも作業をしながら語る。一久さんは「やっぱり『ゴジラ』や小津安二郎、黒澤明などが人気ですね。詳しく勉強している方も多くて、日本人のお客さんより棚の奥までしっかりと探しているかも。仕入れは出会いなので、人気商品を取り揃えるように努力しています」と話す。「海外からのお客さんも増えてきた」オススメの一冊と売れ筋の一冊は......オススメは「雨月物語」のポスター「難しいなぁ」と言いながら、ご夫婦であれにする?これじゃない?と相談しながら次々に品物を出してくださった。売れ筋商品も、ジャンルは幅広い。道子さんが「映画のフライヤー、特にジブリは出すとすぐに売れますね。不動の人気です。あと茨木のりこさんもよく売れますよ」と言えば、一久さんが「西脇順三郎も不思議と人気だね」と、手に取って見せてくれる。オススメの商品として、筒から取り出したのは岩田専太郎が手がけた映画「雨月物語」のポスターだ。「綺麗でしょ。昔のインクの色も綺麗で、本当に風情がある。今じゃなかなかこういうものは見られないよね」と、道子さんがうっとり話す。他にも貴重な品をあれこれと見せてもらった。オススメの商品を相談するご夫婦の様子は楽しげで、商品に向ける眼差しはとても優しい。まるで宝物を見せてもらっているようである。夫婦の「阿吽の呼吸」が伝わってくる「夫婦二人で無理なくやっていきたいですね」30年間、古書と真摯に向き合われた二人の、阿吽の呼吸が随所に感じられるインタビューであった。「この業界は優しい方が多いので、いろんな人に助けられました。おかげさまで協力しあって、ここまでやっています」と道子さん。「長いことやっていると、いろいろありますねぇ。ネット販売を始めるか、商品のラインナップはどうなるか、これから先のことはどうなるかわかりません。夫婦二人でやっていることもあるので、無理なくやっていきたいですね」と一久さん。こじんまりした店内には、ユーモアに満ちたご夫婦の温かい空気で溢れている。(なかざわとも)
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