すずらん通りの裏路地を歩くと、ビルの1階にカラフルな看板「手塚書房」の文字が目を引く。奥まった入り口に、少し勇気を奮って足を踏み入れると、こじんまりとした店内には古書独特の香りで満ちている。店の奥の棚には歌舞伎、能や狂言、雅楽や日本舞踊や文楽、小唄関連の書籍。手前の棚には落語、演劇とジャンルごとに商品が並べられている。解説書から雑誌、写真集やレコードまで、扱う商品はさまざまである。ここ「手塚書房」は、日本の古典芸能の専門店だ。ビルの1階にカラフルな「手塚書房」の看板が......ファンから研究者、役者まで幅広いニーズに応える品揃え店主は、手塚治(てづか・おさむ)さん。漫画の神様、手塚治虫さんと同姓同名であることは会話の取っ掛かりになりやすいらしく、「営業にプラスかも」とお茶目に答えてくれた。「屋号を『手塚治虫』書店にしろとか。マンガ専門の本屋さんですか。なんて言われたこともありましたかね」(笑)手塚さんは神保町の古書店で修行を積み知識や経験を深め、日本の古典芸能をそろえる「手塚書房」を、2009年に立ち上げた。店に訪れるのは、歌舞伎ファンや小唄を習う人、研究者、芸能を愛する人々だ。勉強のために本を探しにくる若手歌舞伎役者もいるという。「名人や名優の芸についての書かれた本を芸談といいます。曽祖父やそれ以前の代の芸談を、自身の学びのために探されているようでした。店内で役者さんとファンの方が遭遇したこともあったりしましてね」と、手塚さんは目を細めて話す。プロもアマチュアも「当時の息吹を感じられる一冊」を求めて手塚書房を訪れるのであろう。最近ではマニアックなジャンルを求めて訪ねてくる、外国人のお客さんも少なくないそうだ。専門店ならではの広く深い品揃えが魅力である。ファンを楽しませる品々「手塚書房」で一番人気は歌舞伎に関する書籍だと言う。オススメの一冊を聞くと、「みなさんマニアックだから......。わかりやすいものなら、坂東玉三郎さん関連の本ですかね」と、大きなビジュアルブックを出してくれた。左:「坂東玉三郎の世界」(写真:篠山紀信1988年朝日新聞社) 右:「ONNAGATA 坂東玉三郎」(著者名:写真大倉舜二1983年平凡社)歌舞伎は舞台写真も人気商品である。話の途中に見せてくれたのは明治や昭和初期の歌舞伎役者のブロマイドだ。写真は白黒ながら、役者の姿は目を見張る美しさである。状態もよく、持ち主が大切にしていたことを思わせる。「役者や演目についてもっと知りたい」と、観劇帰りにお店に寄られるお客さんも多い。白黒写真から伝わる当時の生き生きとした役者の姿大きな歴史の流れの中で、芸能を見つめるところが、手塚さん自身は舞台や演芸を観る趣味はないそうだ。あくまで古書店主として、本という歴史的な資料を人の手から人の手へ渡す、お手伝いをしているのだ。新型コロナウイルスがエンターテイメント業界に及ぼす影響は大きく、歌舞伎座や寄席なども長い休演期間を強いられた。手塚さんは、こう話す。「災害や戦争など、芸能はこれまで様々な困難を乗り越えて、今日に至っている。このコロナ騒動も、長い目で見ればきっと大丈夫だと信じています」古書が紡ぐ大きな歴史の流れの中で芸能を見つめる、手塚さんならではの大らかでどっしりとした視点に思えた。「お客さんの要望に応えられるよう尽くすのが、神保町の書店の仕事ですからね」と、さらりと話す手塚さんの姿に、「本のプロ」の頼もしさが感じられた。店内には歌舞伎や寄席、舞台や演劇の本でびっしり!
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