IT革命、陰の推進力は「能力主義」 企業はその定着化を進めよ!

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   歴史上の大災害は、それまでの世界の仕組みを壊して新たな仕組みを生みだしてきた。コロナ禍でも国内ではすでに「新しい生活様式」が要請され、社会の中で新しい仕組みが形作られようとしている。

   本書「WEAK LINK(ウィークリンク)コロナが明らかにしたグローバル経済の悪夢のような脆さ」は、グローバル化が進み国際的な仕組みが密接に連関している現代で、破壊の作用が脆い部分で起きたときにどうなるのかを考察した一冊。コロナで浮き彫りになったグローバル経済の脆弱さが具体的に指摘されている。

   日本の場合、その一つは「デジタル・デバイド」のケースだ。

「WEAK LINK(ウィークリンク)コロナが明らかにしたグローバル経済の悪夢のような脆さ」(竹森俊平著)日本経済新聞出版
  • 新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真 (国立感染症研究所提供)
    新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真 (国立感染症研究所提供)
  • 新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真 (国立感染症研究所提供)

デジタル化を活用できる人とできない人

   著者の竹森俊平さんは、慶應義塾大学経済学部教授。慶大大学院修了後、米ロチェスター大学で学び1989年に同大学経済学博士号を取得した。経済財政諮問会議民間議員を務め、新型コロナウイルスをめぐっては、政府の「基本的対処方針等諮問委員会」(尾身茂会長)の委員として、国会でたびたび参考人として意見を述べている。

   新型コロナウイルスの感染拡大のなか、不幸中の幸いといえる数少ないことの一つは、デジタル化が進んだことだ。仮にコロナ禍が1980年代の出来事だとすると、学校が休校する程度の対策しかとられなかっただろう。オンライン授業もテレワークはないものねだり。インターネットを使った注文や配送もなく、世界の動きを今のように知ることもできなかったはず。「新型コロナによってわれわれはデジタル社会のありがたさを改めて確認したわけです」と、著者はいう。

   しかし同時にまた、コロナ禍は、いわゆる「デジタル・デバイド」の問題を際立たせることになった。デジタル化を仕事や余暇に活用できる人もいれば、それができない人もいる。

   さらに日本では、とくに政府が世界のレベルに比べてデジタル技術をマスターしているには「ほど遠い状態」にあることも判明した。定額給付金の申し込みをマイナンバーカードで行った場合に、自治体によってすぐに対応できたりできなかったりと対応能力がまちまちだったのは、その象徴といえる。

デジタル格差の原因は教育と所得

   デジタル化をめぐる、さまざまな局面での格差の原因は、本書によれば、一つには教育水準の問題であり、もう一つは所得の問題だ。ITの仕組みはある程度の知識がないと使えないし、インターネット環境を整えるためには金が必要だ。

   就業の出発点で、教育と所得を持つ人と持たない人とでは、デジタルの背景が異なることになりキャリア・パスを進むほどに大きな違いが生じる。とくに米国のような競争社会では、教育や所得、デジタルの精通レベルが個人のキャリアに及ぼす影響は大きく、その結果、社会分裂が生まれている。

   新型コロナが猛威を振るう以前から、欧米の先進国ではポピュリズムの台頭を背景に社会分裂が進行していたが、コロナ危機の到来で社会分裂の問題は一層深刻化。国民間のデジタル・デバイドも同じで、デジタルを活用できる人はロックダウンなどの悪影響を受けることが少なく、比較的安定した生活を送れていたが、活用できない人はロックダウンで身動きがとれなくなり生活の安定を失う憂き目に遭った。

   コロナ禍の中で誕生した菅義偉首相の新政権はデジタル化の推進を打ち出しているが、国民の側の教育や所得の問題の解決は容易に進むとは考えられない。政府によるデジタル化の推進は、さまざまなケースのデジタル・デバイドを深刻化させる可能性もある。本書では、デジタル・デバイド深刻化の問題について、イタリアを例に考察を重ねる。イタリアは、テクノロジーを使いこなせていない国として、EU(欧州連合)の中のデジタル・デバイドでの弱者になっている。

イタリアの惨状

   イタリアはEUの中で低迷レベルが著しく、2018年の国民一人当たりのGDP(国内総生産)は2000年の水準を下回って世界を驚かせた。ドイツの場合は2000年の水準を25%も上回った。イタリアは失業問題も深刻で、とくに若手失業率は30%に迫り若者は国外に目を向けている。

   本書ではイタリアの最大の問題として、全要素生産性(TFP)が低下していることを指摘。TFPはその国の生産能力や生産技術の改善度合いを示すもので、ドイツ、フランス、スペイン、イタリアの4か国がいずれも2000年を100として、これまでの推移を比較すると、リーマンショック(2008年)による落ち込みの後、イタリア以外の3か国は2018年に100を大きく超えているのに、イタリアだけが100以下に低迷している。

   イタリアの低迷の理由は、1995年ごろから進行しているIT化に乗り遅れたこと。先進各国の成長の原動力の一つに、労働者が能力に応じてインセンティブを得る「メリトクラシー」(能力主義、実力主義、成果主義)があるが、イタリアにはこれが欠如していた。

   イタリアでは、コンプライアンスが緩く、メリトクラシ―よりも、たとえば企業ぐるみの脱税の「タレコミ」を避けるため、忠誠心が重んじられる。人事にあたっては、ITリテラシーが高く優秀ということを評価して重職を任せれば、問題情報をリークされる恐れがある。だから、長年の勤務で忠誠心が証明されていることが重視され、このことが巡りめぐって若者の失業率の高さにも反映する。

   コロナ禍でさらに進んだイタリアの惨状にドイツが、EU崩壊を食い止める目的で救済案を提出。しかし、イタリアには制度的といえる障害があり、その救済は一時しのぎにすぎない。イタリアにはコロナ禍を機にビジネスルールのコンプライアンス強化にまで改革の域を広げ、メリトクラシーの定着を図るなど、ITリテラシーが評価されるような環境をつくることが求められている。

テレワークが開く改革機運

   著者は日本にイタリアのケースがそのまま当てはまるわけではないとしながら、メリトクラシーの定着をしっかり図ることが重要と主張する。日本では今でも能力を重視するというより「年功序列制」が重要な昇進の原則である企業が多く、年長者が会社を仕切ることで企業のIT革命を妨げる可能性があるからだ。

   たとえば、広い事務室で50人ぐらいの従業員がモニターをみながら在庫管理をしている現状があるとすると、「会社歴の長い年長者はどうやって彼らが必要でなくなるかを考えるよりも、どうやって彼らが仲良く仕事をできるかを考える」ことがふつうで、IT化が見送られることになる。

「政府の会議などでは、日本の企業はもっとIT化しろ、とか、ソサエティ5.0の実現を目指せ、とか声を大きくするのですが、結局のところ、インセンティブ体系を大きく変えるとか、昇進の基準を大きく変えるとかができなければ、IT化が大きく進むことはないのではないでしょうか」

と著者。

   IT化により大きな仕事を実現した人材には大きな報酬を与える。そうした人材が、年功序列の枠を超え重役に列し、会社の基本方針を決める。こうした改革を行う気概があればIT化は加速する。

   「新型コロナによって、テレワーク、在宅勤務が増えたのは、この方針を進めるためのチャンス」という。評価の材料が「勤務時間」などではなく「仕事自体」の成果となり、実行した個人のことは問題ではなくなり、メリトクラシーを進めるためには絶好の環境といえるからだ。

「WEAK LINK(ウィークリンク)コロナが明らかにしたグローバル経済の悪夢のような脆さ」
竹森俊平著
日本経済新聞出版
税別1800円

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