2021年 4月 16日 (金)

原発事故から「逃げた」記者が原発周辺に住んでみたら......【震災10年】

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   本書「白い土地 ルポ 福島『帰還困難区域』とその周辺」のタイトルにある「白い土地」とは、いったい何か――。「白地(しろじ)」という耳慣れない行政用語が、東日本大震災の復興事業に従事する役所関係者のあいだで使われているという。

   東京電力・福島第一原子力発電所の事故によって、帰還困難区域とされた区域の中でも将来的に住民の居住の見通しがまったく立たない約310平方キロメートルのエリアを指す言葉だ。

   本書は「白地」とその周辺に住む人々に焦点をあてた人物ルポである。東日本大震災の被災地を取り上げた本は数多いが、エッジが立っている点で群を抜いている。

「白い土地 ルポ 福島『帰還困難区域』とその周辺」(三浦英之著)集英社
  • 福島第一原発の事故後は……
    福島第一原発の事故後は……
  • 福島第一原発の事故後は……

アフリカ勤務を終えた次の赴任地が福島だった

   著者は朝日新聞記者の三浦英之さん。記者としてアフリカなどに勤務。「五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後」で開高健ノンフィクション賞、「牙 アフリカゾウの『密猟組織』を追って」で小学館ノンフィクション賞、「日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか」(共著)で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞するなど、ルポライターとしても活躍する異色の記者である。

   アフリカ勤務を終えた三浦さんの次の赴任地が福島総局だった。東京電力・福島第一原発のある大熊町を取材していた三浦さんは2時間かけて現地と役場が避難している会津若松市へ取材に通っていた。

   2019年春に町内の一部で避難指示が解除されることになり、より現地に近い南相馬支局に異動、現在も南相馬市に住んでいる。

   原発の立地する福島県浜通りの人々に密着した人物ルポ11章からなる。なかでも「こんな新聞記者がいるのか?」と驚かされたのが、「第4章 鈴木新聞舗の冬」だ。アフリカから福島に赴任した三浦さんは、避難指示が解除されたばかりの福島県浪江町で、たった一人新聞配達を続けている若い新聞店主がいることを知る。

   新聞配達を手伝いたい、新聞配達を通じて原発被災地の現実を見てみたい、という三浦さんの申し出を、80年の歴史を持つ鈴木新聞舗の3代目、鈴木裕次郎さんは了解した。

   三浦さんは週1回、鈴木さんを手伝う形で福島市から浪江町に通った。受け持ち地域は東京の山手線内をわずかに狭くしたほどの面積なのに、配達部数は85部。恐ろしく非効率だ。町役場は、帰還住民は人口の約3%、約490人と公表していたが、おそらくそれは「虚偽」だった、と書いている。

   店を再開したものの部数は少なく、配達員も集まらない。時給1500円で求人を出しても応募者はゼロ。廃炉や除染関連の高収入の求人が多く、誰も応募しなかった。「もう限界かもしれない」と思ったところに、三浦さんからの電話があったのだ。

   鈴木新聞舗の活動が日本新聞協会の「地域貢献大賞」に選ばれた。鈴木さんは配達員がいないので、とんぼ返りで東京の表彰式に臨んだ。「東京ってどんだけ明るいんですかね...」。夜は真っ暗な故郷を思う鈴木さんの言葉を三浦さんは聞こえないふりをしたという。

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