2021年 9月 23日 (木)

消えるコメ先物取引 「聖域を守れ」と農水省に「圧力」をかけた? 本上場反対派の顔ぶれ

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   日本で唯一のコメ先物取引が消滅することになった。

   コメ先物取引は、大阪堂島商品取引所が「試験上場」していたが、「本上場」を農林水産省が認可しなかったためだ。国内外で当たり前に行われている商品の先物取引だが、日本の農業、とりわけコメに限っては「聖域」として先物取引が入り込む余地はないようだ。

  • コメ先物取引が消える(写真はイメージ)
    コメ先物取引が消える(写真はイメージ)
  • コメ先物取引が消える(写真はイメージ)

コメ先物、江戸幕府公認の「堂島米市場」が発祥

   先物取引は、将来の決まった期日に、商品を「いくらで売買する」とあらかじめ約束をする取引。たとえば夏の現時点で、秋に収穫する作物を10月1日にいくらで売買すると約束する。その期日前に豊作で相場現時点の想定より下がっていても、農家は時価より高く売れる。逆に台風被害などで相場が上がっても、時価より安い代金しかもらえない。

   天候などによる相場変動の影響を回避できる「リスクヘッジ」が大きな目的だ。ただし、先物取引が実態を離れて拡大し、「投機」として逆に現物の相場に影響し、生産者や消費者に被害を与える可能性もある。

   コメ先物は大阪の堂島にとって、特別なものだ。江戸時代に各地の年貢米が大阪に集まり、1730年代に幕府公認の「堂島米市場」が、世界に先駆けて先物取引を始めたとされる。明治維新後も途絶えることなく続いたが、第2次世界大戦に向けて統制が強まり、1939年に取引は廃止された。

   戦後も食糧管理制度の下でコメ取引の統制が続き、食管制度廃止後も自民党政権では先物の道は開けなかった。そして2011年、旧民主党政権下でやっとコメ先物の試験上場が始まったのだ。

   ただ、取引はなかなか増えず、2年の期限を迎えるたび、試験上場が4回延長され、2011年8月7日が期限になっていた。

   今回、堂島商取は、「試験上場の延長はもうしない」と、いわば退路を断って本上場を申請していたが、農水省は2つの基準に照らし、条件を満たさないと判断した。8月7日で取引は終了し、すでに成立している取引が終わる22年6月以降は売買できなくなる。

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