「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~ケーススタディで考える現場マネジメントのコツ」では、現場で起こるさまざまなケースを取り上げながら、「上司力を鍛える」テクニック、スキルについて解説していきます。今回の「CASE5」では、「部下の大きなミスへの対処」ケースを取り上げます。大変なことになってしまいました!【A君】課長! 至急、ご相談があるのですが!【上司(課長)】そんなに慌てて、一体どうした?【A君】申し訳ありません! た、大変なことになってしまいました! 実は、先日B社さまに提出した見積書の数字を間違えてしまいまして...。【上司】なんだ、それなら急いでお詫びをして、正しいものを再提出させて頂けばいいだろう?【A君】それが、ご担当者に電話でお話ししたのですが、すでに社内の稟議が通ってしまったので、変更はできないと言われてしまいまして...。【上司】そうなのか。どんな間違いなんだ?【A君】それが...実際には100万円の見積もりを、桁を間違え10万円で提出してしまいまして...。【上司】えっ! 一桁も違うのか!【A君】た、大変申し分けありません!【上司】うーん......。(まいったな~!)部下が、クライアントを相手に大きなミスをしてしまいました。金額を間違えた見積書を提出したところ、お相手は社内手続きを済ませてしまい、修正を認めてくれないとのこと。部下は途方にくれて、ただおろおろするばかりです。少額の誤差なら、当方が責任を取って間違った見積もり通りに進める判断もあるかもしれません。しかし、金額が大きいだけにそうはいかず、何とか状況を打開しなければなりません。上司であるあなたは、どのように対処しますか?上司自ら部下を伴って謝罪に出向き、再提出の許可を依頼する?部下のミスは上司の責任。そう思えば、次のような対処が考えられるかもしれません。すぐに部下と一緒にクライアントを訪ね、「誠に申し訳ありませんでした。しっかりチェックをしなかった私のミスです。責任は上司である私にあります」と丁寧にお詫びをする。そのうえで、見積もりの出し直しができるよう、真摯に依頼する。仕事熱心で率先垂範型の上司ほど、トラブルが起きるとすぐに現場に出ていく傾向があります。いざという時には部下を守り、自ら進んで責任を取ろうとする姿勢には共感できる面もあります。しかし、部下を思っているつもりでも、すぐに上記のような対応をすると、部下が自分で対応策を考え行動する力を育てられず、結果的に部下のためにもクライアントのためにもなりません。また、部下たちの問題すべてに上司が自ら動いていては、体や時間がいくらあっても足りなくなってしまいます。企業対企業の取引では、上司は現場での最後の砦。この場合、まずは部下にクライアントを訪問させ、状況把握をさせたほうがよいでしょう。部下が途方にくれ思考停止に陥りがちな時ほど、次の展開を考えるためには具体的にどんな情報を把握してくるべきか、しっかりとアドバイスをするのです。部下に相手のリアリングを任せ、解決策を考えさせる具体的には、次のような対応が考えられるでしょう。「クライアントに事情を説明し、お詫びしてきなさい。そのうえで、稟議が通ったというのはどのような状況なのか、どんな手続きを踏めば見積もりの出し直しをさせていただけるか、ヒアリングしてきなさい」と部下に指示を出す。重要なのは、部下自身が解決策を考えること。その解決策がたとえば「上司と一緒に先方の部長を訪問し、状況を説明してお詫びをする」ことであり、必要と判断できたならば、そこで初めて上司が出ていけばいいのです。ただし、相手が激昂している場合や、担当者同士の関係が拗れている場合、部下だけを訪問させるのはNGです。状況を部下からヒアリングし、必要とあれば、すぐに上司が同行してお詫びしなければなりません。私自身、部下と一緒に謝罪に行った経験は数えきれないほどあります。楽しい役回りではありませんが、責任をとって怒られるのも上司の役割です。上司は安易にすべてを抱え込まないこと上司として謝罪に出向く際に、一つ注意しなければならないことがあります。それは、「自分が責任を取る!」という熱い気持ちで突っ走りすぎないことです。私が前職で管理職になりたてだったころ、納品した成果物にミスが発覚してクライアントが激怒したことがありました。部下とお詫びに伺うと、相手は「このミスで、うちに不条理な問い合わせがきたら、どうしてくれるんだ!」と、一向に収まる気配がありません。そこで私は、つい「すべての問い合わせには私が対応します」と言ってしまったのです。その時は、責任を負おうとする私の言動に部下の信頼度は一気に高まりました。しかし実際問題として、私がすべての問い合わせに対応できるはずもなく、結局、部下や組織の負担を増したのではと反省しました。この失敗から学んだのは、「自分は中間管理職であり会社の一員なのだ」という意識をもって、社外の人と対話するバランス感覚。部下を守ろうとの気概は大切ですが、言動が個人プレーにならないよう注意することも必要です。※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著「本物の上司力~『役割』に徹すればマネジメントはうまくいく」(大和出版、2020年10月発行)をご参照ください。※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。【プロフィール】前川孝雄(まえかわ・たかお)株式会社FeelWorks代表取締役青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶパワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人企業研究会研究協力委員、一般社団法人ウーマンエンパワー協会理事なども兼職。連載や講演活動も多数。著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の「上司力」』(大和出版)等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)および『50歳からの人生が変わる痛快!「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)。
記事に戻る