企業が「プランA」に固執してだいたい失敗するのはなぜか?

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   日本では「次善の策」とか「代替案」と理解されている「プランB」だが、本書「『プランB』の教科書」(集英社インターナショナル)では、「次の一手」と訳している。

   ビジネスの世界の用語でいえば、状況の変化、事態の変化に即応した計画に切り替えることだ。

   しかし、我々が「プランA」に固執し、往々にして失敗するのはなぜなのか? 豊富な事例に即して、「プランB」を発動させる仕組みを解説している。

「『プランB』の教科書」(尾崎弘之著)集英社インターナショナル

   著者の尾崎弘之さんは、1984年東京大学法学部卒。野村證券、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス勤務を経て、ベンチャー業界に転身。現在は神戸大学科学技術イノベーション研究科教授。博士(学術)。

カーリングの観戦中に気づいた!

   尾崎さんが「プランB」の重要性に気づいたのは、「氷上のチェス」カーリングを観戦していたときのことだという。

   カーリングではストーンがシート上を滑っている、およそ10秒前後の間、チームは「プランA」か「プランB」かの選択をする。野球ではこうはいかない。「プランB」を考えながらプレーできるのが、カーリングが他のスポーツと違う点だ。

   ひるがえって、企業経営ではどうか。企業の場合、準備を万全にするだけでなく、ストーンを投げてから結果が出るまで、数か月あるいは数年もの猶予がある。

   だが、あれこれ理由をつけて「プランB」の発動を躊躇していると、手遅れになってしまうことも少なくない。

   コロナ禍は、日本において「プランB」の不在が明らかになった例だと指摘している。3つの政権が変わっても、「水際対策」と「行動制限」の大原則はいまだに揺るがない。それでもコロナの市中感染は広まり、多くの感染者が出た。

   経営学的にいえば、「プランA」の失敗であり、「プランB」への切り替えの失敗だと表現している。米国や欧州では、とっくに「コロナと共生」する「プランB」に変わっている。それなのに、日本で感染が終息しないのは「プランA」が不徹底とばかりに、さらなる規制強化を唱える関係者も少なくないからだろう。「プランA」を改めるのは、政府の失敗を認めることに等しい、という意識が底流にあるようだ。

「プランA」が行き詰ってしまう原因とは?

   本書には多くの企業の失敗例が出てくる。そして、すべての「プラン」はなぜうまく行かないのか、「プランB」はなぜ発動できないのか、と論を進める。

   まず、「プランA」が行き詰まる原因として、次の要因を挙げている。

1市場が求める「技術レベル」が変わる ハイブリッド車からEV(電気自動車)に、など
2「コスト構造」が変わる 医薬品では技術進化がコストを増やすという想定外の事態に
3「顧客のニーズ」が変わる コロナ禍で宅配のニーズが変化など
4「顧客の顔ぶれ」が変わる
5「規制」が変わる 政府や自治体の規制が変化をもたらす
6「世間の気分」が変わる 個人情報のアクセスへの忌避など

   苦労して作った「プランA」の前提になっている諸条件は、上記のように容易に変化する。これらは、自社の努力では防げないものが多い。

   運命に逆らうことができなければ、未来の変化を受け容れて「プランB」を用意することが唯一の選択肢である、と説いている。

   しかし、「プランB」の発動は容易ではない。以下のさまざまな障害があるからだ。

・何かに縛られる(組織、事前に与えられた情報、集団内の常識、現場からの提言など)
・思い込みに左右される(やらなかった後悔はしたくないという思い込み、少ないサンプルで全体が分かるという思い込み、見たものは信頼できるという思い込み、分かりやすいことは正しいという思い込み、結果がすべてという思い込み)
・数字に操られる(既に起きた損失に縛られる、少額の赤字に操られるなど)

障害を乗り越えて、「プランB」を発動させるには?

   そうした障害を乗り越えて、「プランB」を発動させる方法を取り上げている。

   1つはローマ・カトリック教会が、採用した「悪魔の代弁者」という機能だ。新たな聖人候補が挙がった際に本当にふさわしいかどうか検証するものだが、内部のしがらみに惑わされない、内部情報をよく知っている人が調査に当たったという。

   米軍には「レッドチーム」という組織があり、2000年代に入って標準的な意思決定プロセスに取り入れられたという。6つの鉄則があるそうだ。

1 チームを組織トップの直属にすること
2 外側から客観的に評価し、内側から気遣いを持って実行すること
3 健全で大胆な猜疑心を持つこと
4 意外性が高い活動をすること
5 問題を棚ざらしにしないこと
6 頻度にこだわること

   もう1つは、アイデア集約と実行のための仕組みをつくることだ。

   オープン・イノベーション(OI)が代表例だ。ベンチャー企業、大学などが持つ技術と自社の持つ経営資源を組み合わせるものだが、研究、開発、製造、マーケティング、販売というバリューチェーン全体にわたって外部の力を取り入れるのが、本当のOIだとしている。

   それと、AI(人工知能)にできない「課題発見」をヒトが行うことも、方法の1つだ。

   ここでは要点を列挙しただけだが、本書のなかでは、さまざまな企業での実践例が詳しく紹介されている。

   新書判だが、非常にカロリーが高い本だ。経営共創基盤グループの冨山和彦会長は「プランBの質とプランBへの鮮烈な転換力こそが、長い停滞からの日本企業復活の鍵だ」と本書を推薦している。

   プランBという手法は、企業だけでなく、個人の人生設計についても有効だと思った。だが、自分をどこまで客観視できるのか、難しいところもある。

   思うようにいかないのが人生といえば、それまでだが。

(渡辺淳悦)

「『プランB』の教科書」
尾崎弘之著
集英社インターナショナル
1056円(税込) 

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