東日本大震災予測できなかった「地震学の敗北」M9起きない思い込み

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   3・11で衝撃を受けたのは被災者だけではなかった。深刻だったのが地震学会である。なぜ予測できなかったのか―昨年10月(2012年)のシンポジウムは「敗 北宣言」から始まった。

世界トップクラスの観測網も役立てられず

   1960年代、地震学者の目標は前兆をとらえて直前に予知することだった。ところが、阪神淡路大震災では警報を出すことすらできず完敗。国は長期予測に方針を変えた。長谷川昭・東北大名誉教授はこのとき、地震の発生メカニズムの解明にアスペリティ・モデルという仮説を立てた。プレートの境界で滑りにくい部分を指す。ここにひずみがたまって、やがて一気にはじけるのが地震だ。岩手・釜石沖でM5弱を同じ間隔で発するアスペリティを見つけ、データの解析から予測を出した。「2001年11月末までに99%の確率でM4.8」

   予測通り、01年11月13日 に地震が起きた。その後にいくつも見つかったアスペリティを7つの震源域に分け、それぞれの予測を出した。規模は最大でもM8。東北一帯がわかれば全容が解明できると思っていた。

   しかし、3・11はけた違いだった。震源域は南北450キロ、東西150キロと想定震源域6つにまたがり、M9のエネルギーは長谷川が予測したM8の30倍だ。40年にわたる研究も吹っ飛んだ。「M9と知って愕然とした。地震学の実力不足」と落胆する。長谷川がみつけていたアスペリティは過去100年までの記録にある地震だった。それより周期が長い地震は把握できていない。東日本大震災はその知られざる超巨大アスペリティだったと言う。理論の限界である。

   だが、落とし穴はもうひとつあった。研究者の思い込みだ。阪神淡路大震災後にGPSの観測網も整備され、日本の地震学は世界でもトップクラスという自負があった。東北地域で知られている「ゆっくり滑り」という現象も把握していた。ひずみがたまってもゆっくりと解消していく。それが「超巨大地震は起るはずがない」という思い込みにつながった。長谷川は「思考停止というか、きちんと考えてこなかった」という。東大地震研の纐纈一起・教授は「科学としての地震学の限界を感じた」と話す。

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