元TBS山本文郎アナ死去!最後まで「6」づくし見事「平成26年2月26日午前2時6分」

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   「ブンさん」の愛称で親しまれた元TBSアナウンサーの山本文郎さんがきのう26日(2014年2月)、肺胞出血で亡くなった。79歳だった。柔和な笑顔を絶やさず誰にも好かれる人柄で、ライバル局の日本テレビの「スッキリ!!」もその死を悼んだ。

「東京生まれ東京育ち」なまりがないからとアナウンサー就活

   山本さんは「生涯現役」が口癖で、定年後のフリーの期間も入れて半世紀以上にわたりアナウンサー一筋だった。明後日も番組収録の予定が入っていたという。いまのTBSに入社したのは1957年。大学の友人から「お前は東京生まれの東京育ちだから、言葉のなまりが何もないのでアナウンサーのテストを受けたら」といわれ、放送局をいくつか回ったら受かった。NHKにも決まっていたそうだが、結局、TBSに入った。最初は演芸番組を担当していたが、情報番組やワイドショーの司会も務めるようになり、やがて「TBSの顔」といわれるようになった。

うらやましい人生

   視聴者に好かれただけでなく、スタッフや周りの人にも慕われた。芸能レポーターの井上公造は「裏方も出演者のみなさんも、ブンさんのために頑張ろうといっていました。僕なんかの番組も見ていて、この間の質問よかったね、などと声をかけてくれる人でした」と人柄をしのぶ。

本当は女子高校の先生になりたかった―教育実習で生徒に浅丘ルリ子「えこひいきしちゃったよ」

   その雰囲気からなんとなくわかる気もするが、本当は女子高校の先生になりたかったといっていた。学生時代にある学校で教育実習をした時、女優の浅丘ルリ子さんのいた1年B組を担当し、「めいっぱい、えこひいきしちゃいましたけどね」と打ち明けている。

   アナウンサーとしての仕事ぶりはもちろんだが、私生活でも話題を呼んだ。2008年、73歳の時に31歳年下の由美子さんと再婚したことだ。芸能界最高齢の再婚といわれ、中高年の希望とうらやましがられた。由美子さんと初めて会ったのは彼女がまだ幼稚園児のころで、番組を通じて家族とのつながりがあり、彼女が初婚の時の司会をしたという不思議な縁だ。

   その由美子さんに看取られ、亡くなった時間は平成26年2月26日の午前2時6分。「6」の数字が並んだことに由美子さんは「さすがにTBSの6で終わるんだな、本当にTBSが好きだったんだなと思いました」といっている。

   キャスターのテリー伊藤は「朝、ブンさんの顔を見るとほっとした。見事な人生、うらやましい人生だった」と最後の言葉をおくった。

文   一ツ石 | 似顔絵 池田マコト
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