2024年 5月 2日 (木)

小池都知事の石原氏への反論「なんだかな~」 豊洲か築地か早く決断せよ、都民に丸投げするな!

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右翼人脈でつながる小池氏と石原氏

   だが、小池はいまだに自民党であり、それも石原と同じウルトラタカ派である。今はその牙を隠してニコニコしているからわからないが、彼女の仮面の下の顔が暴かれれば、小池の快進撃はどこかで止まること間違いない。

   週刊ポストはさらに小池の父親がどういう人物で、どういう人脈があるのかを追いかけているが、これがおもしろい。

   小池が高校生のころ自宅は兵庫県芦屋にあった。当時、父・小池勇二郎の書生として住み込んでいたのが、後に東京都副知事になる浜渦武生、その時代によく出入りしていたのが内閣官房副長官になる鴻池祥筆であったという。父親は週刊ポストによれば、

   「戦時中、スメラ塾という右翼結社に参加していた勇二郎氏は『第三世界』『民族独立運動』など超国家主義思想に傾斜し、戦後、神戸で貿易商を営んでエジプト、サウジ、クウェートなどアラブ諸国を何度も訪問して各国の大臣クラスに太い人脈を築き、石油の買い付けにも成功する。当時のアラブ世界では名が通った日本人だった」

   政治好きだった父親は、青年作家・石原慎太郎が1968年、参議院選全国区に出馬すると、石原の「日本の新しい世代の会」の関西地区の選挙責任者となった。石原はこの選挙で301万票をとるのだ。その後父親も選挙に出るがあえなく落選。その後事業も傾き、芦屋の家を失う。

   父親は百合子をカイロ大学へ行かせ、自分もカイロに渡って日本料理店「なにわ」を開き、20年以上カイロに住んだ後、帰国して2013年に90歳で亡くなっている。したがって慎太郎とは近しく、右派団体「日本会議」の石原は代表委員であり、小池も国会議員時代に日本会議国会議員懇談会の副会長をしている。

   石原と小池は同じ穴の狢である。案外この2人、裏で話し合っていたりするのかもしれない。

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