2020年 8月 8日 (土)

発見し研究し開発して売れる確率は100万分の1!ノーベル賞・吉野彰さんが味わったサラリーマンの苦労

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   ノーベル化学賞の受賞が決まった吉野彰・旭化成名誉フェロー(71)が生出演し、IT・インターネット社会を支えるリチウム電池の開発から事業化までをさまざまなキーワードを示しながら語った。

   全体的なキーワードは「100万分の1」。吉野さんは「研究を成功させる確率は、まあ、このぐらい」と話した。すごく小さく思えるが、「確率10分の1のことを6回やり続ければ100万分の1になる」という点がミソだ。

   そのために吉野さんが心がけてきたのは、「超現代史のススメ」だそうだ。「ここ10年か20年の歴史(諸研究の成果)がどうだったかを理解すると、未来が見えてきます」という。最近10年から20年ぐらいの研究データを調べることで、その延長上に先のことがあるとの意味だ。

   もう一つのモットーが「シーズの糸をニーズの針穴に通す」。シーズは専門的技術や能力、ニーズは未来の必要・需要をさす。実際にはどちらも動くもので、「その中でジェットコースターに乗って針の穴を通す確率が100万分の1。それぐらいむずかしい」という話を、吉野さんは笑顔で披露した。

「バカだといわれながら、誰にも相談できずに続けました」

   吉野さんが新技術の開発を始めた1981年ごろ、リチウムは電池の画期的な材料として注目されていたが、大きな弱点があった。水に触れると燃えやすい。「朝来たら、電池が壁に跳んで燃えていた」(元同僚の實近健一さん)というほどの危険な素材だった。吉野さんたちは、充電したリチウム電池に鉄の塊を落とす、ライフル銃で撃つといった負荷をかけ、試行錯誤した。吉野さんは「まるで悪魔の川を渡るようでした」と振り返った。

   その最中に目にしたのが、今回いっしょにノーベル化学賞を受賞したジョン・グッドイナフ博士たちの「リチウムを電極に使ったら」のアイデアだった。もう一方の電極に吉野さんたちはカーボンを考えた。

   「カーボンといっても分子構造はさまざまで、全国の企業を訪ね歩きました。サンプルをもらって一つ一つ試したがダメ。200から300ぐらいやったなあ」と吉野さん。自社で開発したカーボンを試すと、安定した性能が得られ、ようやくリチウム電池の原型が完成した。電力を蓄えたリチウム電池は携帯電話の充電をするときなどに威力を発揮した。その経過を、吉野さんは「孤独な研究」という。「1人か2人でああでもないこうでもない、バカだといわれながら、誰にも相談できずに続けました」

   武田真一キャスター「サラリーマンとしては、プレッシャーもあったのではありませんか」

   吉野さん「それもあるけど、研究は基本的に確率の低い仕事ですから、それで逃げたら続きません」

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