2020年 11月 25日 (水)

竹内結子はその夜、酒を飲みながら夫と長男と話していた。途中でふらり2階に上がったため、夫はてっきり彼女が寝たものと思っていた。変わり果てた彼女を見つけたのは1時間後だったという。逢魔が時という言葉が浮かぶ

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   萩本欽一という老コメディアンがいる。そういってもわからない人の方が多いだろう。浅草の軽演劇出身で、坂上二郎と組んだお笑いコンビ「コント55号」でテレビ界を席巻した。その後も、『欽ドン』などの冠番組を大ヒットさせ、「視聴率100%男」なる異名をとった伝説の男である。

   文春で「欽ちゃん(79歳)の人生どこまでやるの!?」を連載している。今週はその中で「糟糠の妻を看取った」と語っている。彼より3つ上の妻・澄子(すみこ)が、4年前にがんが見つかり、闘病生活を続けていたが、8月の終わりに亡くなったというのだ。葬儀は彼女の望み通り、近親者だけで密やかに行ったそうだ。読みながら、私が週刊現代で萩本の連載を担当していた頃のことを思い出していた。

   私が31、彼が35の時であった。超人気者だった萩本だが女性との噂はほとんどなかった。雑誌屋の性(さが)で、愛人でもいるのではないかと、記者を使って彼の周辺を調べさせたことがあった。たしか神奈川県のほうだったと記憶しているが、某女の家に時々、欽ちゃんに似た男が出入りしているという情報が寄せられた。女性は、彼が浅草の東洋劇場にいた頃の踊り子で、年上で幼い子どもがいるという。

  • 竹内結子
    竹内結子
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私は超人気者だった萩本欽一に女がいないか調べた。すると、子どもまでいる踊り子が!2人はその後、有名なおしどり夫婦になった

   人気絶頂の彼が、年上の踊り子と? もちろん萩本には内緒だったが、ある日、彼の事務所から「萩本がNHKで記者会見をする」と電話が入った。ピンときた私は、NHKに駆けつけた。連載の中で萩本は、

   「NHKの記者クラブでぼくは自分に子供がいること、その人と結婚することをカメラの前で喋った。『実は結婚しているんです』。会見ではそういったけど、実はそれがスミちゃんへのプロポーズの言葉だったんだ」

   テレビを見ていた澄子は驚いたそうだ。その後に会った時、「せっかく有名になれたのに、そんなことを言っちゃいけない」と萩本に怒ったそうだ。浅草で芸に打ち込んでいるが芽の出ない貧しい芸人を、年上の踊り子は優しく見守り、何くれとなく面倒を見てやっていた。

   超売れっ子になった芸人が会いに来て、「何か欲しいものは」と聞かれた。子どもが欲しいといった。だが、妊娠したことが分かると彼女は、彼の前から姿を消してしまった。私の記憶と、彼の記述にやや齟齬があるが、萩本が結婚を決意したきっかけは、私の取材だったと思う。連載が終わる時、萩本に「彼女を取材していたのは私だった」と打ち明けた。一瞬驚いた表情をしたが、何もいわなかった。

   結婚した2人は、芸能界でも有名なおしどり夫婦になった。萩本はこう感謝の言葉を述べている。「スミちゃんはそんなふうに、最後までぼくのファンでいてくれた。そして、優しい三人の子供たちを、しっかり育てた母親でいてくれた。(中略)スミちゃん、ありがとうね、って」。

   遠い過去が甦った。

萩本欽一
萩本欽一(2012年、右は神田うの)

元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

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