2021年 12月 4日 (土)

眞子&圭に大きな拍手送りたい!あっぱれだった「結婚会見」胸を張った発言と素敵な笑顔

全国の工務店を掲載し、最も多くの地域密着型工務店を紹介しています

   けさ(10月28日)の新聞に掲載された週刊新潮、週刊文春、女性セブンの広告を小室眞子さんが見たら、小室圭と一緒に命がけで臨んだ記者会見は、事態を鎮静化させるどころか、火に油を注いでしまったと臍をかんでいることだろう。私が見たのは朝日新聞だが、3誌とも丸ごと小室眞子・圭批判のようである。

(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

   「世紀の"腰砕け会見"『小室眞子さん・圭さん』質疑拒絶の全裏側」「前代未聞の『一方通行会見』私はこう見た 河西秀哉『いわれのない物語』!? 敵か味方か『眞子さん』は国民の分断を煽った〈他〉」(新潮)

   「眞子さん小室さん『世紀の会見』全真相」「眞子さん小室さん結婚『私はこう考える』『国民の声は誹謗中傷なのか』石井妙子〈他〉」(文春)

   「小室圭さん(30)『花嫁の祖父川嶋辰彦さん(81)重体でも延期拒否』計算ずくの9分間」「小室眞子さん(30)を手ぐすねひく『ニューヨークの黒幕』」「独走スクープ 刑事告発の不正受給疑惑に新証言 小室圭さん(30)母『偽名で働いた』潜伏の軽井沢」(セブン)

   編集部の意図は写真に出る。新潮、文春ともにグラビアページの扉は、緊張を隠せない様子で佇む眞子さんの横で、小室圭がやや腰をかがめて記者席を"睥睨"し、挑むかのような"一瞬"を掲載している。2人への"敵意"があふれ出ているようだ。

   では、10月26日の記者会見はどのように行われたのかを見ていこう。会見は当初、宮内記者会だけではなく、日本雑誌協会、外国特派員協会加盟の記者も入れて、2人が冒頭で述べた後、事前に提出していた質問と、その関連質問を受けるといわれていた。私は、ずいぶん大胆なやり方だと心配していたが、案の定、前日になって加地皇嗣職大夫が記者会に突然現れ、「質問の中に誤った情報が事実であるかのような印象を与えかねないものが含まれていることに強い衝撃を受けられた。そのような質問が、カメラが入り多くの人に囲まれた会場で読み上げられ、それに対して口頭でお答えになることを想像するだけで、恐怖心がよみがえるという強い不安を感じられた。以上のことから、口頭での質疑応答は不可能である」と告げたのである。この、誤った情報が何を指すのかは後程説明しよう。

眞子さんの衝撃の告白「結婚も、圭のNY留学も、義母の元婚約者への対応もすべて私からの相談と指示」

   午後2時。会見場に現れた2人は明らかに緊張していた。向かって右に眞子さん、左に小室圭が座る。圭の目が落ち着きなく左右を見回す。司会の声かけで眞子さんが話し始める。「現在、新型コロナウイルス感染症の影響が続き大変な思いをされている多くの方々にお見舞いを申し上げます」

   声は落ち着いている。「本日、皆様にお伝えしたいことがあるため、このような場を設けました」と、型どおりの、私たちはきょう結婚しましたというものではない。そんなことより大事なことがあるといいたいようだ。会場に緊張が走った。これまで世話になった人たちへの感謝の言葉が終わって、「2人の結婚についてさまざまな考えがあることは承知しております」と本題に入る。静かに見守って下さった方々や「事実に基づかない情報に惑わされず、私と圭さんを変わらず応援してくださった方々に感謝しております」とメディア批判を暗示する。

   その前に、「私にとって圭さんはかけがえのない存在です。そして私にとって結婚は自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択でした」と、2020年11月に公表した「お気持ち」の中でも強調していた結婚への強い意思を再び繰り返す。小室圭に替わって、「私は眞子さんを愛しております」と堂々と宣言する。「一度きりの人生を愛する人と共に過ごしたいと思っています」として、これまでも2人で励まし合ってきた、その上で「このたびの結婚に関してご迷惑をおかけしてしまった方には大変申し訳なく思っております」と続けた。

   眞子さんが引き取る。「これまで私が公に発言する機会は限られてきました」と話し、そのために生まれてしまった誤解もあったとして「衝撃の告白」になる。婚約に関する報道が出て以降、さまざまなことがあったが、圭が独断で動いたことはない、すべては私が考え、指示したことだというのである。

   圭の母親の元婚約者への対応も、私がお願いした方向で進めていただきました。婚約延期後、小室圭が留学したことも、もともと将来留学したいと考えていた圭に計画を前倒しにして、海外に拠点をつくってほしいと頼んだというのである。

   つまり、かなり前から、皇室を離れるためには結婚しかない、日本で暮らすのは嫌で、海外で暮らしたいと考え、小室圭は"先兵"として動いていたというのだ。どんなことをしても皇室という籠の中から飛び立ち、一人の人間として生きたいという強い思いがあったことを初めて吐露したのである。圭が独断で行動し、私の気持ちを考えていないという批判があったが、それは"誤報"だというのだ。

元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

今すぐ無料会員に登録して、コメントを書き込もう!
姉妹サイト

注目情報

PR
追悼
J-CASTニュースをフォローして
最新情報をチェック
電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中