梨元さんの死「残念です」「悔しい」 芸能リポーターから惜しむ声相次ぐ

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   芸能リポーターの草分け的存在だった梨元勝さんが亡くなった。「恐縮です」の決めゼリフと突撃取材でおなじみの梨元さんは亡くなる2日前まで、ケータイ・サイトの「梨元・芸能!裏チャンネル」でリポートを配信し続けていた。

   こうした梨元さんの「ジャーナリスト魂」を尊敬する芸能リポーターたちは多く、突然の死を悼み、ツイッターやブログで思いをさまざまに語っている。

「リポーターとしての基本を学ばせていただきました」

梨元さんはブログやツイッターにも積極的だった(2008年のJ-CASTニュースのインタビューで)
梨元さんはブログやツイッターにも積極的だった(2008年のJ-CASTニュースのインタビューで)

   同じ芸能リポーターで「盟友」の東海林のり子さんは、「とにかく休みなく働き、全速力で突っ走る人でした。パワーにあふれていて、てっきり回復して帰ってくると思っていました」と、産経新聞(2010年8月23日付)に語った。ツイッターでも、「残念です」「悔しい」とつぶやいた。

   駒井千佳子さんもツイッターで、「梨元勝さんにはリポーターとしての基本を学ばせていただきました『僕らを通して、何百万人もの視聴者が見ているんですよ。その代表としてマイクを持っているんだ』・・・。心からご冥福をお祈りします」とコメントした。

   梨元さんの事務所に所属していたこともある芸能ジャーナリストの井上公造氏は、ツイッターで、梨元さんが亡くなったという情報が土曜日(21日)から流れていたが、周囲は否定していたこともあって確認できなかったとし、「眠れなかった」という。

「芸能界の盛り上げ役がなくなり、さみしい」

   井上公造氏はツイッターで、「ボクにとっては師匠であり、仲人でもある。いまだに信じられない。本当にお世話になりました。たくさんのことを教えてもらいました。ご冥福をお祈りいたします」とコメントしている。

   また、芸能リポーターで目黒区議の須藤甚一郎氏は日刊スポーツで、「取材はすっぽんのようにしつこかった。芸能界の盛り上げ役がなくなり、さみしい」と語った。

   「闘病中もスクープを届けたい」と、最後までリポーター魂を燃やし続けていた梨元勝さん。2010年6月に、肺がんであることを公表して闘病生活に入ったが、それからわずか2か月の8月21日に、入院先の東京都内の病院で亡くなった。65歳だった。

   亡くなる直前の19日には、ケータイ・サイトの「梨元・芸能!裏チャンネル」で、「ショーケンの恋愛は不滅。熟年カリスマは変わっていなかった」とショーケンこと萩原健一さんとカリスマ主婦モデルの冨田リカさんとのロマンスにコメントを寄せるなど、芸能情報を配信し続けた。

   梨元さんは大学卒業後、講談社の「ヤングレディ」で取材記者を務め、その後、芸能レポーターに転身。テレビやラジオで活躍。数々の「特ダネ」をモノにしてきた。最近は「弱腰」のテレビと距離を置き、ブログやツイッターを駆使して、自らの闘病記を含め、情報を届けていた。

   オフィシャルブログとしては8月6日が最後で、親子3人での夕食を摂ったことなどを、うれしそうに伝えていて、翌週からの抗がん剤治療に「頑張る」と結んでいた。

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