「東京視線」メディアの冷たい見出し【福島・いわき発】

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   東京が安全ならそれでよし――福島第一原発の汚染水問題をわきにおいてオリンピック誘致に奔走する人たちのふるまいにカッカしたことを書いた。その延長で「東京視線」のメディアについても書いておこう。憂さ晴らしではない。メディアの仕事が被災者・避難者の心に届いているかどうか。届いていないと感じるときがあるからだ。

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   東日本大震災の被災地を記者が取材する。このごろ言われるのは、パッと来てパッと帰る「狩猟型」、そこにとどまってじっくり取材する「農耕型」の二つ。そのどちらも大切だ。彼らの書いた記事に感銘を受けたこともある。が、きのう(9月4日)までに二度、見出しに「東京視線」の冷たさを感じて血が逆流しそうになった(=写真)。


   震災から4カ月に当たる2011年7月10日付全国紙の1面トップ記事。原発震災で福島県民が県外に避難し、企業倒産などで失業者が増加したことを報じている。その見出しに凍りついた。「縮む福島」。県民の傷口に塩を塗りつけるようなものではないか。それが事実だとしても、福島をつっぱなしたような整理記者の感覚が理解できなかった。


   この整理記者は詩や俳句に精通しているにちがいない。わずか4文字7音で記事のエキスをつかまえている。しかし、「クールアイ」(冷徹な目)が過ぎて「ウオームハート」(温かい心)が感じられない、と私は思った。


   そして、きのう朝。同じ全国紙の社会面トップ、汚染水漏れに伴う試験操業延期の記事の主見出しに「福島の漁師『浜は終わり』」とあった。これにも整理記者の冷たい目を感じた。もっといえば、「若いもんがいなくなったら、この浜は終わりだ」を、単に「浜は終わり」と決めつける不正確な見出しだ。


   見出しを拾った記事本文は、相馬市の漁師の後継ぎについての述懐だった。<震災後、大型トラックと重機の免許を取った長男には「今によくなるから」と辛抱させてきた。「ずっと縛っておくこともできねえ。若いもんがいなくなったら、>に続くのが<この浜は終わりだ」>だ。見出しだけ見た人は、汚染水で福島の漁業はもう終わりだ、と誤解するだろう。


   例示した二つの見出しは福島県民の心を萎えさせるに十分な冷たさを備えている。住民と「運命共同体」をなしている福島の、いわきのメディアは、こうした見出しは付けない。いや、付けられない。

(タカじい)



タカじい
「出身は阿武隈高地、入身はいわき市」と思い定めているジャーナリスト。 ケツメイシの「ドライブ」と焼酎の「田苑」を愛し、江戸時代後期の俳諧研究と地ネギ(三春ネギ)のルーツ調べが趣味の団塊男です。週末には夏井川渓谷で家庭菜園と山菜・キノコ採りを楽しんでいます。
■ブログ http://iwakiland.blogspot.com/

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