「私は泣いています」 歌手りりィさん死去

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   シンガー・ソングライターで女優のりりィ(本名・鎌田小恵子)さんが2016年11月11日朝、肺がんのため死去した。64歳だった。

   「私は泣いています」などのヒット曲で一世を風靡した。長男は、ドリームズ・カム・トゥルーの吉田美和さんの夫で、ロックバンドのFUZZY COTROLのJUONさん。

  • 大ヒットした「私は泣いています」
    大ヒットした「私は泣いています」

独特のハスキーがかった声

   りりィさんは1952年に福岡県で生まれた。70代前半、同年齢のカルメン・マキさんから少し遅れて登場した。マキさんが60年代後半、アングラの嵐が吹き荒れていたころ、寺山修司さんに見いだされ、69年、「時には母のない子のように」で早々と知られるようになったのに対し、りりィさんは72年、アルバム『たまねぎ』でデビュー。73年に『Dulcimer(ダルシマ)』を出して人気がじわじわ広がった。

   74年、100万枚に迫る大ヒット「私は泣いています」で一般にも名前が知られるようになる。プロデュースしていたのはそのころ、数々のヒット曲を手掛けた伝説的な名編曲家、木田高介さんだった。

   所属事務所のプロフィールでは、生まれたころの詳しい家庭環境は記されていないが、日本人離れした容姿をしており、独特のハスキーがかった声質が特徴。なんとなく不幸感や倦怠感が漂っていた。大ヒットとなった「私は泣いています」は、単に失恋の歌というよりも、もっと広く、時代から置き去りにされた若者たちの心に響いた。

   すでに一部で熱狂的に支持されていた浅川マキさんや、少し遅れて登場する森田童子さんらと同じく、自身の謎めいた世界にこだわる歌い手の1人だった。歌謡曲の世界では当時、同い年の藤圭子さんがドスの効いた声で「圭子の夢は夜ひらく」や「命預けます」を歌っており、メジャーとマイナーの歌世界がどこかでつながり、共振しているような時代だった。

「救命病棟24時」「半沢直樹」にも出演

   りりィさんは本格的に歌手デビューした72年、早くも映画「夏の妹」(大島渚監督)に出演していた。しかし、いったん有名になった後、歌手業も含めて活動休止期間が長く、一時は「忘れられた人」となっていた。

   子育てがひと段落してから活動を再開、97年ごろからテレビなどでも見かけるようになり、09年に放映された『救命病棟24時』第4シリーズの第5話に患者役として出演。このドラマの主題歌であるDREAMS COME TRUEの楽曲「その先へ」は、JUONが所属するバンド、FUZZY CONTROLをフィーチュアリング・アーティストとして迎えた作品で、親子共演が話題になった。最近では「半沢直樹」などにも出演していた。

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