2024年 4月 27日 (土)

前田あっちゃん「佐藤健」には気をつけろ!泣きじゃくりお姫様ダッコの六本木深夜一部始終

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   いま2つのタブーが日本中を徘徊している。橋下徹大阪市長タブーとAKB48タブーである。橋下のほうは選挙で結果がでるからタブーが崩れるのはそう遠い先ではないだろう。 AKB48タブーのほうもここへきて崩壊の兆しが見えてきたことが、「週刊新潮」と「週刊文春」の記事でわかる。

   新潮は青沼陽一郎と本誌取材班で、AKB48の生みの親・秋元康の研究を始めた。第1回では秋元と一緒に「AKS」を立ち上げた窪田康志と芝幸太郎のうち、芝について多くを割いているが、だいたいはこれまで文春が追及してきたことである。芝と窪田は六本木にあった芝が経営する「裏カジノ」で知り合った。芝は強引な取り立てで社会問題化した「商工ファンド」に入り、西日本一の営業成績を収めるようになった。

   今回のおもしろいのは、一つは芝のかつての上司にこういわせていることである。「芝の背中には一面に龍の刺青が入っている。赤や青のハデな色合いで、その龍の周りには鯉もからみついている絵柄だ」

   AKB48を創り上げた一人がクリカラモンモンを背負っているというのだ。

   もう一つはAKB48の48という数字の謎についてである。この48はメンバーの数ではない。では何を指すのか。かつて芝は芸能関係の仕事を始めるとき「office48」という会社を立ち上げたことがある。ここにも48が使われているが、これは「芝=シバ=48」を指しているのである。新潮は「このアイドル発掘プロジェクトに参画した芝の元手は、『振り込め詐欺』や裏カジノの収益ではないのだろうか」と疑問を投げかけている。

   芝は取材に対して、詐欺やカジノ経営については否定したが、刺青に関してはプライベートのことだと返答を拒否したという。秋元はインタビューに対して、「アイデアということでは100%僕。お金ということでは100%窪田君」と答えている。芝にそういう過去があることは全く知らなかったと話し、知っていたら一緒にやらなかったという。芝はいまはAKB48から手を引いていて関係がないとも話すが、劇場支配人も衣装担当者も、秋元才加らAKB48数名の所属事務所も芝の会社になっていると、新潮側は指摘する。こうした人脈と手を組むことになった秋元の謎は、「彼の生い立ちを追う過程で明らかになるだろう」と次回への含みを持たしている。何だろう?

ベロベロの国民的アイドルお持ち帰りしようとした「いま一番派手に遊んでる男」

   AKB48追及の唯一のメディアだった文春は、そのお株を新潮にとられそうなのであわてたわけでもあるまいが、AKB48を卒業した国民的アイドル・前田敦子(21)の某夜の「事件」をグラビアと記事でねちっこくやっている。9月5日(2012年)、前田の卒業記念アルバム『あっちゃん』(講談社)の発売記念のイベントのあと、六本木で打ち上げの会。23時半、打ち上げがお開きになった前田は、事務所のクルマで麻布十番の高級カラオケカフェ「M」へ。そこにはAKB48の大島優子や人気俳優の佐藤健(23)ら5人がいた。6人でテキーラを30杯ほど飲んだあと、午前3時半過ぎ、泣きながら前田がそこを飛び出し、タクシーを捕まえて消えてしまう。やがて佐藤以外の4人が帰ると、また前田が戻って来る。佐藤と前田の二人になった。身体を密着させながら二人が部屋から出てくると、前田が嗚咽を漏らし始め、次第に声をあげて泣き出したというのである。

   しばらくして、佐藤は前田を抱きかかえて待たせていたタクシーに乗り込む。前田の住んでいるマンションに行き、酔っぱらったのかグッタリしている前田を佐藤が抱きかかえるのだが、支えきれずに「国民的アイドルのスカートはまくられ、お尻丸出しのあられもない姿に」なる。このシーンの写真がグラビアに載っているが、一見の価値ありである。この後を期待させるが、AKB48の仲間が助けに来て、佐藤が見送り、前田は背負われて中へ入ってしまうのだ。

   佐藤という俳優、2007年の「仮面ライダー電王」主演で人気を集め、いま公開中の「るろうに剣心」がヒットしている。一見草食系に見られそうだが、そうではないと、六本木の飲食関係者がこう語る。

「タケルは西麻布・六本木界隈じゃ有名。海老蔵事件で有名になったバルビゾンビルのバーも常連だったし。(中略)一番派手に遊んでる」

   女性関係も相当なものだそうだ。この記事を読む限り、二人の関係は相当いいところまで進んでいるようだし、前田のほうが佐藤にお熱のようである。前田もAKB48を離れればタダのアイドルである。国民的アイドルでいるうちはいいが、少しでも人気に翳りが出ると、文春だけでなく、他の週刊誌からもターゲットになると覚悟しておいたほうがいい。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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