「だが、ちょっと待ってほしい」 「朝日新聞の定番フレーズ」説を検証

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   ある日の朝日新聞の社説に、「おっ」と身を乗り出した。2017年11月21日付朝刊に掲載された、「姉妹都市 市民交流を続けてこそ」と題した一文である。

   米サンフランシスコ市の慰安婦像をめぐり、姉妹都市提携の解消も辞さない姿勢を示した、吉村洋文・大阪市長に「モノ申す」内容だ。そこに、こんな一節があった。

「(前略)サンフランシスコ側が方針を覆さない限り、年内にも姉妹都市提携を解消する意向だ。ちょっと待ってほしい。姉妹都市の関係のもとで育まれてきた交流は、双方の市民の歴史的財産である。市長の一存で断ち切ってよいものではない」
  • 「だが、ちょっと待ってほしい」と朝日新聞
    「だが、ちょっと待ってほしい」と朝日新聞

ネットでは以前からネタにされているが

   実はネット上では以前から、朝日新聞の紙上では、

「(だが、)ちょっと待ってほしい」

という言葉が頻出する、と指摘されていた。たとえば、オンライン上の事典サイト「ニコニコ大百科」には以下のようにある。

「だがちょっと待って欲しいとは、主に朝日新聞の社説『天声人語』など、社説や論文でよく使われる言い回しである(※原文ママ)」
「主に、今まで提示された事実から導かれる結論をひっくり返して、独自の逆の結論を出そうとする時に使われる。(中略)ネット上では、無理矢理な結論を出すネタでよく使われる言い回しとなっている」

   過去のログなどを調べると、少なくとも2005年ごろには、2ちゃんねるなどで「朝日新聞にありがちなフレーズ」として認知されていたようだ。

本当に使われているのか

   だが、ちょっと待ってほしい。本当に朝日新聞は、このような言い回しを使っているのか。

   「日経テレコン」のデータベースに収録される1985年以降の紙面を調べてみると、「ちょっと待ってほしい(待って欲しい、待ってもらいたい、待っていただきたい)」を含む記事の検索結果は、267本見つかった。表記の揺れや収録範囲の違いもあるとはいえ、読売新聞が99本ということを考えると、相対的に「ちょっと待ってほしい」を多用しているとみて間違いない。

   うち社説は33本で、およそ1年に1本という計算になる。

「臨教審をつくるときから、中曽根首相は『教育改革は、政府全体で取り組むべきとき』といい、『臨教審の答申が出たら、最大限に尊重する』と強調していた。その公約を守る姿勢を見せる、ということだろう。しかし、ちょっと待ってほしいと思う。臨教審の設置では、重要な公約がほかにもあった」(1985年7月7日)
「サマータイムの導入に積極的な資源エネルギー庁は、こんな利点をあげる。遅くとも一九九六年には、実施したいという。ちょっと待ってほしい。世界の七十三カ国で実施されているといっても、日々の生活にかかわる事柄である。役所が押しつける性格のものではあるまい」(94年7月18日)
「このうち、地域スポーツ振興では、全国一万カ所の地域スポーツクラブと三百カ所の広域スポーツセンター設置をうたう。(中略)夢のような計画である。だが、ちょっと待ってほしい。(中略)まずは既存施設の活用が大切だ」(98年5月27日朝刊)
「自らの任期中は日韓の和解は無理だと言っているようにも響く。だがちょっと待ってほしい。領土問題を正面にすえたのでは、日韓の関係はにっちもさっちもいかなくなる」(2006年4月26日)

読者もついつい朝日風の文章に?

   もう一つ、よく「ちょっと待ってほしい」が多用されている場所がある。読者投稿欄だ。

「自動車会社の本社ビルも引っ越してきた。屋上をヘリポートにするという。だが、ちょっと待ってほしい。自ら渋滞の一因を作りながら、込むからヘリにするとは、これ以上の騒音と危険は勘弁してほしい」(1988年12月10日付朝刊)
「年末のボーナス商戦をにらみ、家電メーカーが、ハイビジョンテレビの新型を次々と発表している。(中略)五十万円を切る製品もある。しかし、ちょっと待ってほしい。画面サイズがどんどん小さくなっているのだ」(94年10月10日付朝刊)
「知事は、豊洲市場地下空間の改修を今年度中に完了させる方針を固めたとの話も聞こえてくる。ちょっと待ってほしい。市場関係者は全く納得していない」(2017年7月23日付朝刊)

   日々読んでいると、読者の方もついつい「朝日らしい」言い回しになる、というのはうがちすぎだろうか。

   やはりネットの噂は正しかった? そうとばかりはいえない。というのも、社説と並んで「ちょっと待ってほしい」が多用されている、とされる「天声人語」では、ほとんど用例が見られないのだ。確認できた範囲では、

「アメリカのいらだちはわかるが、でも、ちょっと待ってもらいたい。500億ドルという数字を、そのまま素直に信じていいのだろうか」(1986年2月6日)

など数本に過ぎなかった。この点については再考すべきだろう。

実はあの新聞もよく使っている

   朝日新聞では「ちょっと待ってほしい」という表現が目立つ。これは確かだ。だが、これが朝日特有の現象と見るのは早計ではないか。

   実は、もう一つ「ちょっと待ってほしい」が多い新聞がある。朝日とは正反対の論調で知られる産経新聞だ。

「先日テレビのニュースが、米国で男同士の夫婦?が今度は子どもが欲しいと養子縁組を求めて裁判を起こしたと報じていた。(中略)だが、ちょっと待ってほしい。そもそも男と男が結婚して夫婦になることが、ごく自然なのだろうか」(1998年7月28日付夕刊)
「『原発が稼働しなくても停電も起きず大丈夫だったではないか。だから原発は不要だ』と言う人たちもいる。しかし、ちょっと待ってほしい。停電しないで済んだのは、(中略)献身的な努力のおかげである」(2015年8月17日付夕刊〈大阪版〉)
「最大の理由は政府の情報開示が不足しているからだという。だが、ちょっと待ってほしい。平成22年10月に政府として初めてTPPに意欲を示したのは、民進党の前身である民主党政権の菅直人首相だったはず」(16年4月9日付朝刊)

   その数は188本に上り(日経テレコン収録分)、全国紙では朝日に次ぐ。朝日ばかりが「ちょっと待って」ほしがっているという風潮はいかがなものか。

   それにしても、なぜこのような文句が定型化したのか。これについては、今後さらなる研究が必要になりそうだ。

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