2018年 6月 18日 (月)

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
パロディ動画が映す金正恩へのジレンマ

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   知り合いのベン(61)は、黙って自分のiPhoneを私に差し出した。画面にあるのは、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、板門店(パン・ムンジョム)にある南北軍事境界線に立つ、テレビで繰り返し見たあの動画のようだった。が、最後が違った。

   金氏が文氏の手を取り、2人が境界線を超えて北朝鮮側に入ったとたん、地面が真っ二つに割れて文氏が中に落ち、苦しみの叫び声が聞こえるなか、地面が閉じるという衝撃的なパロディ版で、私は思わず声を上げた。

   ネット上で流れている動画で、どれだけ拡散されているのかわからないが、ベンのiPhoneに保存してあったらしく、北朝鮮の話になるとすぐにこの動画を見せた。

  • ネット上で出回っている南北首脳会談のパロディ動画の一部
    ネット上で出回っている南北首脳会談のパロディ動画の一部

大統領支持者の中にも懸念

   この連載の前回の記事「『米朝首脳会談でノーベル賞を』めぐる分断」で登場したベンは、 ニューヨーク市に住む正統派ユダヤ教徒で、ユダヤ教の教えと伝統を頑なに守り続けている。

   当日(2018年5月3日)はちょうど、ユダヤ教の祭典「ラグ・バオメル(Lag Baomer)」が行われ、アメリカでも多くのユダヤ教徒がかがり火をたいて祝った。

   動画を見たのは、ベンの家族に誘われて、そのお祭りに行く車の中でのことだった。ベンの家族や親族はほぼ全員がトランプ氏に投票し、その支持の強さは今も変わらない。

「この男(金氏)はナイーブな少年じゃない。頭がよく、抜け目ないやつだ。人も態度も変わったように見えるのは、この男の戦略さ。核を手放すわけがない。やつの手にまんまと引っかかるわけにはいかないんだ」

   ベンにとって北朝鮮は今も、イランと同じように信用ならない相手なのだ。

   党派に関係なく、「金氏にうまく丸め込まれ、のむべきではない条件をトランプがのんでしまうのでは」とトランプ氏の交渉力を疑問視する声、「もし米朝会談がうまくいかなかったら、今度こそトランプが戦争を始める」と懸念する声もある。 知り合いのジョナサン(30代)は、「そうなったら日本に、北朝鮮の難民が押し寄せてくるんじゃないか」と私に言った。

   その2日後、マンハッタン南端のバッテリーパークシティでくつろいでいると、ロシア人やアメリカ人の集団が、第二次世界大戦のヨーロッパにおける戦勝を記念し、行進していた。連合国がドイツを降伏させた5月8日を、週末に前倒しで祝っていたのだ。

   参加していた60代くらいのアメリカ人女性が、ビラを手渡しに来た。

   「アメリカの元軍人も、一緒に祝うのよ。ソ連とアメリカは、ともに戦いましたからね」と私に話しかけた。

   「私は日本人だから、敵でしたね」とわざと深刻な顔で答えた。

   するとその女性は私を抱き寄せ、笑顔で言葉を返した。

「何を言うんですか。私たちはもう友達。今、朝鮮半島で起きていることを見てごらんなさい。もう、敵も味方もないんですよ」

米朝首脳会談を国民の77%が支持

   翌日、セントラルパークのすぐ南にあるワインショップに入ると、店の経営者がたまたま韓国系アメリカ人の50代くらいの女性だった。

   とても明るいエネルギッシュなその人は、目を輝かせて言った。

   「素晴らしいことが起きているわ。私が生きている間に、朝鮮半島がひとつになるかもしれないでしょう」

   「北朝鮮が、本当に核を手放すと思います?」と私が聞いた。

「金正恩はスイスに留学していたし、彼の父親や祖父とは違うんじゃないかと思うのよ」

   もちろん、韓国系アメリカ人が皆、同じように考えているわけではない。

   その女性は続けた。「私の感覚では、昔を知っている年配の人たちは、また裏切られるだろうと金正恩を信用していない。でも若い人たちのなかには、北は変わると信じている人も多いわ」

   別の日にマンハッタン中心部にあるブライアントパーク脇で、私たち夫婦が日本語で話していると、日本が大好きというジェームズ(26)が、日本語で話しかけてきた。

   北朝鮮の話になると、彼が言った。

   「僕はトランプが大嫌いだから、再選は絶対にしてほしくない。でも何より避けたいのは第三次世界大戦だから、トランプがそれを阻止できるというなら我慢するよ」と笑った。

   2018年5月10日朝、北朝鮮に拘束されていたアメリカ人3人の無事帰国のニュースが、どのテレビ局でも繰り返し流された。

   その日、トランプ氏が「フェイクニュース」と攻撃し続けてきたCNNニュースは、米朝首脳会談を米国民の77%が支持しており、トランプ政権の北朝鮮政策への支持も53%と一気に上昇、と報道した。トランプ氏と金氏が互いに激しい非難の応酬を展開していた2017年11月には35%だったから、7割近く伸びたことになる。

   トランプ氏は5月8日、イラン核合意からの離脱を発表。14日にはイスラエルの米大使館がエルサレムに移転する。6月12日の米朝会談の場所もシンガポールに決まった。 トランプ氏は「我が道」を、勢いよく進み続けている。       (随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。


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