2018年 9月 23日 (日)

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
 貿易戦争と「忘れ去られた人たち」

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「『トランプがなぜ大統領になったか知りたかったら、僕の町ダンヴィルに来るといい』と、僕はいつもみんなに話すんだ。町の人たちはみんな、絶望しているよ」

その男性(ディーン、50代)は、ニュージャージー州ニューアーク発パリ行きのフライトで、私の隣にすわっていた。2018年5月下旬のことだ。米中西部イリノイ州に住む彼は、シカゴから、ニューヨークとパリ経由でレバノンの首都ベイルートへ向かうところだった。有給休暇を利用し、シリア難民のためのボランティア活動に参加するという。彼の手元には、ベストセラー本「ほんとうの天国(原題『Heaven』、ランディ・アルコーン著)」が置かれていた。

  • 「ダンヴィル市のホームページ」
    「ダンヴィル市のホームページ」

典型的なラストベルト「ダンヴィル」

   ふだんは、ニューヨークに拠点を置く世界的な金融機関グループで、ファイナンシャル・アドバイザーとして働いているという。私の仕事についても聞かれ、この連載で「トランプのアメリカ」で暮らす人たちのさまざまな声を取り上げていることに触れた。

   彼は「トランプに投票した」と言い、自分が住むイリノイ州東中央部の町、ダンヴィルについて静かに語り始めた。

「ダンヴィルにはゼネラル・モーターズ(GM)の鋳造プラントなんかがあって、労働組合が力を持っていたから、賃金もよかった。でも、工場は次々に閉鎖してしまった。仕事はメキシコや中国に行ってしまったんだ。工員たちは失業し、低賃金の仕事に転職せざるを得なくなった。家族を養えなくなり、住宅ローンが払えず、改築や修理もできない。家は荒れる一方で、不動産の価値は下がった。犯罪が増えて、町はすさんでいる。
僕の町は、忘れ去られた人々(forgotten people)が住む、典型的なラストベルト(Rust Belt=鉄鋼や石炭、自動車などの主要産業が衰退し、さびついた工業地帯)なんだよ。彼らの世界と無縁のエリートたちは、パーティでワイングラスを傾けて楽しんで、鉄工所や店で働く人たちのことなんか、忘れちゃってるのさ」

   ディーンは週末など時間のある時には、父親が残した農場で農作業もするという。その町で人々の苦悩を見て育った彼は、大統領選でトランプ氏の勝利を予想していたのだろうか。

「いや、勝つとは思わなかった。メディアの予想だって、同じだった。僕の会社の顧客にも『ヒラリーが大統領になるから、そのつもりでいるように』と言っていたよ。でも、民主党支持者が多いウィスコンシン州をトランプが獲得した時、勝利を確信したんだ。中西部ではイリノイ州を除いて、ほとんどの州をトランプが獲得した。イリノイが勝てなかったのは、シカゴがあるからだよ」

   全米でも大都市には民主党支持者が多いが、とくにシカゴはヒラリー・クリントン氏の出身地であり、バラク・オバマ前大統領の第二の故郷でもある。ディーンは「忘れ去られた町」に住みながら、その近くの大学都市にある大手金融機関でエリート社員として働き、出張でニューヨークにもよく行くという。

   つまり、ブルーカラーとホワイトカラー、両方の世界を知っているわけだ。

「トランプに投票した同僚の多くは、そのことには触れない。極秘なんだよ(It's kind of a hush-hush thing.)。とくにニューヨークなんかのリベラルな街では、それで出世できなくなるかもしれない。頭が悪いか、変わり者だと思われるからだよ。大学を出ているのに、トランプになんか投票するわけないだろってね。だから世論調査が当てにならなかったんだ。トランプを支持していながら、表向きにはそんなことおくびにも出さないわけだから。でも、株価は上がり続けているし、景気はいいし。トランプを支持しなかった同僚も、本心は喜んでいるはずだよ」

「全米で最も急速に経済の落ち込んだ町」

   私はダンヴィルについて調べてみた。1970年に4万2570人だった人口は徐々に減少し、今では3万1597人(2016年推定)。1990年代にゼネラル・モーターズやゼネラル・エレクトリック(GE)、フォークリフトのメーカーであるハイスターなどの工場が閉鎖。

   その後、フランスの鉄道車両などの製造企業、アルストムや、ドイツの大手鉄鋼メーカー、ティッセンクルップなどが工場を設けたものの、十分なスキルがなく、低収入の仕事にしか就けなかった人も多い。コカコーラやチャックルズというキャンディの工場もあったが、すでに閉鎖した。

   ダンヴィルでは、家族代々、同じ工場で働き、一生、そこで働き続けるつもりでいた人も多かった。2010年前後から失業率は10%を超え、14%近くに達した時期もある。2010年代に何度も、「全米で最も急速に経済の落ち込んだ町」のひとつに選ばれている。

   ダンヴィルをよく知る人が、こんな発言をしていた。

「ここがどんなところか知りたいって? ビリー・ジョエルのヒット曲『アレンタウン(Allentown)』(1982年発売)で、アレンタウンをダンヴィルに、ベスレヘムスチールをGMに変えて、歌詞を読んでみな」。

それが、この歌詞だ。

俺たちはここダンヴィルに住んでいる 工場はどんどん閉鎖されていく
GMでは誰もが求職の列に並んで用紙に記入し、暇を持て余している
(中略)
不安は俺たちの代にも引き継がれ この町にとどまることはますます難しくなっていく
(中略)
教師たちは言ってたじゃないか 一生懸命努力して頑張ればきっと報われると
壁に掛けてある卒業証書は何の足しにもならなかった
現実がどんなものか 教えてはくれなかった 鉄とコークス それにクロム鋼
俺たちはこのダンヴィルで待っている
だけどやつらは石炭を掘り尽くすと 組合の連中も次々と逃げていった

子供たちの人生はうまく行くはずだった 少なくとも親父と同じくらいには
でもどこかで何かが狂ってしまった やつらが俺たちの顔めがけてアメリカ国旗を投げつけたのさ

(※オリジナルの歌詞を筆者が和訳し、地名と会社名を入れ替えました)

ハーレーダビッドソンを批判する大統領

   トランプ大統領は衰退した米国の製造業を復活させるために、工場を海外から国内に戻し、海外からの輸入品に対して関税を大幅に引き上げようと、貿易相手国などに強硬な姿勢を取り続けている。メディアでは「貿易戦争」と呼ばれる。一方、国内では大型減税をさらに推し進めている。

   トランプ大統領はアメリカの製鉄業を復活させようとしているが、「その時代はもう終わった」というアメリカ人も多い。コストや利益を考えたら、米企業は中国製品がほしい。

   機内で隣にすわっていたディーンに、その声をぶつけてみた。

「そうかもしれない。でも、中国のやり方はフェアじゃない。好き勝手にやってきたのは、中国もわかってるんだ。製鉄はアメリカ経済に不可欠だ。軍事業にも欠かせない。船やミサイルを作るためにもね。
もちろん、僕がボーイングやフォードの経営者だったら、中国製品を選ぶだろう。でも、『忘れ去られた人々』にとって、大企業の儲けなんかどうでもいいんだ。目の前にいる家族を養いたい。それだけだ」
「でも、今のままでは、米国内で製造業を復活させることは難しいのではないか。労働者側にも、かなりの努力が必要となってくる。高度な機械を使いこなせる技術者も不足している。熟練工の高齢化の問題もある。国内に工場が戻れば、人件費などのコストも膨らむ。トランプ氏の政策が逆に、米企業の経営を圧迫することになるのではないのか」

そんな私の問いかけに、ディーンは答えた。

「確かに現状では、難しいのかもしれない。ただ、人件費は海外でも高騰している。しかも、製造業ではオートメーション化が進んでいるから、今後、人件費がそれほど大きな影響を与えることはなくなるのではないかと思う」

   トランプ氏の強硬な措置に対し、中国などの相手国やEU(欧州連合)からも厳しい対抗措置が返ってくる。そんななか、米オートバイメーカーのハーレーダビッドソンが、EUの報復関税の影響で生産の一部を米国外に移すと発表。アメリカの電気自動車メーカーのテスラも、中国の上海に工場を建設すると表明したばかりだ。

   トランプ氏は、ハーレーダビッドソンを厳しく批判。「国内で辛抱しろ」と訴えている。

   ダンヴィルの「忘れ去られた人たち」に、トランプ氏は救いの手を差し伸べることができるのだろうか。

   「投げつけられたアメリカ国旗」が、再び彼らの前にひるがえる日が訪れるのだろうか。

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。


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