2019年 10月 21日 (月)

永丘昭典監督が語る、アニメ「アンパンマン」が平成の約30年で「変わった」ことと「変わらない」こと

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   平成元年(1989年)春、今も続く人気アニメシリーズ劇場版の第1作が放映された。「それいけ!アンパンマン キラキラ星の涙」。以降、毎年1本のペースで製作され、昨2018(平成30)年には、第30作の記念作品「(略)かがやけ!クルンといのちの星」が公開され、人気を博した。

   映画化の前年秋にはテレビアニメ(日本テレビ系)も始まり、こちらも現在まで放送が続いている。原作者やなせたかしさん(2013年に94歳で死去)が、1973年に月刊絵本「キンダーおはなしえほん」(フレーベル館)に「あんぱんまん」(ひらがな表記)を掲載して始まったキャラクターは、アニメ化・映画化で新たなファンを獲得し、平成という時代を駆け抜けた。

   映画第1作などの監督を務め、テレビ版もスタート時から関わる永丘昭典さん(65)に話を聞いた。

  • 「テレビ版が始まった当初は、こんなに番組が長く続くとは思っていませんでした」と語る永丘昭典さん(アンパンマンのアニメ製作にあたるトムス・エンタテインメントのスタジオ会議室で)
    「テレビ版が始まった当初は、こんなに番組が長く続くとは思っていませんでした」と語る永丘昭典さん(アンパンマンのアニメ製作にあたるトムス・エンタテインメントのスタジオ会議室で)
  • 愛され続けるアンパンマンと仲間たち
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映画版の第1作は「平成元年」

――映画版の監督としては、第1作から第20作までの間で、初期の作品を中心に計10作(うち1作は共同監督)を担当され、1400話(1話2エピソード)を超えるテレビ版では今も監督をお務めです。

   この30年間の(映画・テレビ)作品を通して、「変わった点」と「変わらない点」は、それぞれ何でしょうか。

永丘:大きく変わったことといえば、アニメ作りの技術的なもので、セル画を手作りして...といったアナログ方式から、パソコンを使ったデジタルになりました。平成の30年間でいえば中ごろ(平成15年頃)からです。
デジタル方式の導入は、他のアニメでは既に始まっていましたが、当初は「アンパンマンらしい手作り感」や「独特の色合い」に影響が出るかもしれない、と見送っていました。しかし、時代の流れもあって導入してみると、問題はなく大丈夫でした。まあ、それなりの苦労はありましたが。出来栄えに変わりはなく、観ている人は、違いに気付かないでしょう。

――技術的な面以外、たとえばキャラクターの描き方などの面ではいかがですか。

永丘:基本的には変わらないのですが、微妙な変化はありますね。たとえば、アンパンマンの手は、(今はボール状だが)テレビ版の初期では指が5本あったんですよ。キャラクターの数も増えており、やなせ先生のオリジナルのものだけでなく、今も1年間に2~3キャラは誕生しており、2200体を超えています(編注:「単独のアニメシリーズでのキャラクター数」が世界最多として、09年に1768体でギネス世界記録に認定された)。
また、ばいきんまんとかが「コノヤロー」といった乱暴な言葉を使っていた頃もありますが、そうした表現は避けるようになりました。それは、テレビ版のメインターゲットの視聴層が未就学児だと分かったからです。
スタート当初から視聴率も予想を大きく上回るほどの人気で、作品の影響力を意識するようになり、「小学校入学前の子供が(乱暴な言葉を)真似しないように」「お父さんやお母さんが『子供が真似をしないだろうか』と心配せずに楽しめるように」と考えました。

大人も楽しめる作品作り

――それでは、「変わらない点」は何でしょうか。

永丘:それは、大人も含めていつ観ても安心して楽しめる作品を作る、という姿勢です。アンパンマンの世界観、やなせ先生の世界観が変わらないよう、強く意識しています。子供の頃に観ていた人が親になって子供と一緒に観ても「変わらないな」と思うような作品になっていると思います。逆に今の幼い子供が、30年前の作品を観ても喜んでもらえるでしょう。そのために、「流行りもの」は作品に入れないようにしています。品物や言葉の流行りものは、すぐに古くなりますからね。ポケベルもケータイ電話も登場しません。

――アンパンマンのアニメの歴史は「平成の30年間」ときれいに重なっていますが、作品に映し出された「平成像」や「時代の空気」はどのようなものでしょうか。

永丘:平成という元号による「くくり」は意識していません。それでも、この30年間では、環境問題が重要視されるようになったり、自然災害や事件が相次いだりし、その影響は受けています。被災した方々が心を痛めたりしないようにと、災害話は取り上げないようにし、台風を起こす「たいふうぼうや」や、火山を噴火させることができる「ドド」などは、登場させなくなりました。

新キャラを生み出す重要性

――2018年劇場公開の最新第30作の興行収入は約6億4900万円で、過去最高(第2作「ばいきんまんの逆襲」、約6億6400万円)に迫る、根強い人気ぶりをみせました。30年間にも渡ってシリーズが愛され続けている一番大きな理由は何だとお考えですか。

永丘:それは、やなせ先生の世界でもあり、やなせ先生作詞の「アンパンマンのマーチ」の歌詞にもあるように、「生きる よろこび」を観る人たちが感じ取ってくれているからだと思います。

――2019年は5月から新元号になります。アンパンマン・シリーズの新時代への展望や目標をお聞かせください。

永丘:それは「変わらないこと」です。しかし、それはとても難しいことでもあります。新しいスタッフも入ってくるなか、関係者の間で世界観にズレやブレが出ないよう、細心の注意を払ってアンパンマン、そして、やなせ先生の世界観を今後も伝えたいと思います。
一方で、そのためには新キャラを生み出していくことも重要です。一見矛盾するようですが、「変わらない」ためには、少しの変化を続けていくことが大切なことは、老舗の菓子店や飲食店の「味」の例などで語られることもあるようです。これからも、スタッフや関係者の人たちと協力しながら、「生きる よろこび」を表現していきたいと思います。

(編集部注:これまでの映画30作については、「それいけ!アンパンマン」公式サイトで一覧を確認できる)


永丘昭典さんプロフィール
ながおか・あきのり 長崎県出身。1954年生まれ。74年にアニメ制作会社に入社し、その後独立。現在フリーのアニメ演出家、アニメ監督。アニメ「はじめ人間ギャートルズ」や「タッチ」などの演出を担当。劇場版では「Dr.SLUMP」(82年)や「タッチ3」(87年)、「アンネの日記」(95年)などで監督を務めた。アンパンマン・シリーズとの関わりは上記記事の通り。

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