2019年 11月 22日 (金)

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち ユダヤとアラブ、対立に拍車かける米政権

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   2018年から19年にかけての年末年始に、初めてイスラエルを旅した。今回は番外編「イスラエルで見聞きした『トランプのアメリカ』」の最終回となる。

   夫と私はエルサレムの街角で出会った50, 60代の女性ふたりと意気投合し、旧市街のカフェで1時間ほど話すことになった。

  • エルサレム旧市街ムスリム地区にある「神殿の丘」とその上に建つ「岩のドーム」。ユダヤ教とイスラム教の聖地とされている。
    エルサレム旧市街ムスリム地区にある「神殿の丘」とその上に建つ「岩のドーム」。ユダヤ教とイスラム教の聖地とされている。

増える超正統派ユダヤ教徒

   女性のひとりは幼稚園教諭で、兵役を終えてこの街に住み始めたという。

「私はエルサレムが大好きなの。テルアビブと違って、村のような雰囲気があって、人々も温かいわ。この町が超正統派ユダヤ教徒のものになってしまわないように、私はここに居続けるの」

   もうひとりの女性が、口をはさむ。

「今、イスラエル、とくにエルサレムでは超正統派ユダヤ教徒たちが、幅を利かせているのよ。男たちの多くは仕事をせずに宗教研究に専念している。宗教研究は世俗の仕事より上で、それが自分たちの使命だと信じているからよ。所得が少ないために税金をほとんど払わず、福祉の世話になっている彼らを、私たちが支えているのよ」

   電車のホームで、バスの中で、カフェで、道を歩きながら、トーラ(ユダヤ教の律法)を読む男性の姿を、エルサレムのあちこちで見かける。

   約70年前の建国当初、ごくわずかだった超正統派ユダヤ教徒は今、イスラエル総人口の1割強を占め、40年後にはその4倍になるとの推測もある。なかでも聖地エルサレムでは、超正統派ユダヤ教徒の割合が多く、全人口の3分の1を占めている。宗教的な理由から、彼らの出生率は飛び抜けて高い。

   右派政党「リクード」党首のネタニヤフ首相は、今も多くの保守派の支持を得ており、政治的にも宗教色が強い。汚職疑惑はあるものの、通算13年も国を率いた実績と安定感は評価されている。

   ネタニヤフ首相は、トランプ米大統領とも親密な関係を築いている。トランプ氏の義理の息子クシュナー氏は、超正統派ユダヤ教徒で、娘のイバンカ氏もユダヤ教に改宗した。クシュナー家は以前から、占領地内のユダヤ人入植を支援し、多額の寄付をしてきた。

   トランプ氏の元顧問弁護士のフリードマン駐イスラエル米大使も、強力な入植支持者だ。イスラエルとパレスチナの「2国家共存」にも反対してきた。トランプ氏の就任以来、入植地の数も人口も急増している。

イスラエルを受け入れるアラブ人

   カフェで話したふたりは、入植を強く批判した。幼稚園教諭の女性が言う。

「ビビは(ネタニヤフ首相の愛称)は超正統派ユダヤ教徒の大きな支持を得ている。ビビの考えはこうなの。国を2つに分けてアラブ人とユダヤ人が共存するのは、無理。ユダヤ人の安全が保障されない。パレスチナ人には、周辺のアラブ諸国へ出て行ってもらう」

   もう1人の女性は映画監督で、以前、ガザ地区の漁村でアラブ人とユダヤ人の漁師がともに仕事するドキュメンタリー映画を制作したという。

「でももう、過去の話。今は『イスラム原理主義組織ハマス』が勢力を持ち、ガザを支配している。アラブ人がトンネルを掘ってイスラエルに来ようとし、ユダヤ人が爆撃し、悲しい現実だわ。ガザは地中海に面した美しいところ。テルアビブのように生まれ変われるのに。右派の政治家や宗教指導者はアラブ人もユダヤ人もお互いに、自分たちだけの土地だから出ていけ、と相手に主張する。だから解決策はないのよ。彼らは和平なんて、望んでいない。アラブ人もユダヤ人も、一般市民のなかにはいい人たちがたくさんいるし、なかよく共存することを望む人たちも多いわ」

   私は、その数日前に東エルサレム(アラブ人居住区)にある外貨両替店の窓口にいた、50代のアラブ人男性が言っていたことを、ふたりに話した。

「ユダヤ人は僕らの敵だし、僕は自分をアラブ世界の人間だと思っている。でも僕は、働き者のユダヤ人を尊敬しているよ。そして東エルサレムでは、アラブ人であってもユダヤ人と同じように、医療も教育も受けられる。近隣のアラブ諸国は、賄賂などで政治も司法制度も腐敗して、民主主義はない。だから、ここに住むアラブ人のなかには、イスラエルを受け入れるようになった人も多いんだ。ヨルダンやエジプトから友達が来ると、『占領されて苦しい生活を強いられていると思ったら、僕たちよりずっといい生活をしているじゃないか』と言うんだ」

   カフェの女性ふたりは、それを聞いて驚いた。「そんなふうに考えているアラブ人がいたなんて、知らなかったわ」と。

「僕たちはテロリストじゃないんだよ」

   イスラエル最後の日、夫と私はパレスチナ自治政府の事実上の首都、ラマッラへ行った。エルサレムからバスで、高い壁を巡らされたこの街に入る。検問所には例のごとく、「イスラエル市民の立ち入りは禁止。生命の危険あり」と書かれた看板が立っている。

   市場も通りも活気があり、人々は生き生きと働いているように見えた。外国人の私たちに、ここでも「Welcome.(ようこそ)」と声をかけてくれる。

   アラファト議長の墓などを訪ねたあとで、アラブ人経営のアイスクリーム屋に立ち寄った。店内でアイスクリームを食べながら、50代の経営者の男性と話した。彼の両親は、イスラエル建国時にユダヤ人に土地を奪われ、この町に移ってきた。

   「ここを訪れるイスラエル人は、兵士だけだよ」と彼が言った。

   今回の旅で、言葉を交わしたアラブ人とユダヤ人の誰もが皆、フレンドリーで親切だった、と彼に話した。そして、この連載の「イスラエルで見聞きした『トランプのアメリカ』」初回に登場する、エルサレムに住むユダヤ人女性の話をした。私たち夫婦を家に呼び、夕食をご馳走してくれた彼女は、アラブ人居住区に囲まれ、不安を抱えて生きていた。

「その人は、アラブ人を怖がっているのかい?」

   うなずく私に、彼は首をすくめ、悲しそうにつぶやいた。

「僕たちはテロリストじゃないんだよ」
「アラブ人もユダヤ人も皆、平和にごく普通に暮らすことだけを望んでいるのにね」
「そう。いい人たちは多いんだ。アラブ人もユダヤ人も。政府は和平なんて考えていない。僕たちにできるのは、一生懸命、働く。ただそれだけだ」

(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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