2019年 7月 23日 (火)

1964年の雑誌が掲載した、ジャニー喜多川さん32歳の顔写真

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   「ある日、急にミュージカルチームをやってみたくなって、みんなに相談したんです」――そんな談話とともに掲載された、一枚の写真。集合写真から切り出されたものだろうか。サイドをすっきり切りそろえた髪型。通った鼻筋。穏やかそうな目元。

   のちのジャニーズ事務所社長、ジャニー喜多川さん32歳の姿である。掲載したのは、当時人気だった少女向け雑誌「女学生の友」(小学館)1964年4月号だ。

  • 「女学生の友」(小学館)1964年4月号より引用。ジャニーさんの写真が掲載された数少ないメディア
    「女学生の友」(小学館)1964年4月号より引用。ジャニーさんの写真が掲載された数少ないメディア
  • 「平凡」(平凡出版)1965年3月号より引用。絵物語「四つの夢に乾杯」より引用。明示されていないが、後ろ姿で描かれている男性がジャニーさんとみられる。絵はイラストレーターの故・石原豪人さん
    「平凡」(平凡出版)1965年3月号より引用。絵物語「四つの夢に乾杯」より引用。明示されていないが、後ろ姿で描かれている男性がジャニーさんとみられる。絵はイラストレーターの故・石原豪人さん

65年にはすでに「写真拒否」

   2019年7月9日、87年の生涯を終えたジャニーさんは、自らの写真がメディアに掲載されることを、頑なに拒んだことで知られる。すでに1965年の「週刊サンケイ」では、

「喜多川氏の写真は、本人の写してもらいたくないとの希望で掲載しません」

との但し書きがある。この32歳当時の写真は、2012年版ギネスブックに掲載されたものと並ぶ、数少ない例外だ。

   この1964年という年は、ジャニーさんにとって、その後の人生を決める「ターニングポイント」だった。

   ジャニーさんは米ロサンゼルスで、日本人僧侶の次男として生まれた。戦後、父の故郷・日本で、米大使館などで働くようになる。その傍ら、自らの名を付けた少年野球チーム「ジャニーズ」を立ち上げ、そこから同名の男性アイドルグループ「ジャニーズ」が誕生する――。

   そのジャニーズが芸能界に本格的に打って出たのが、1964年なのである。父の縁で50年代から、エンターテイメント業界とかかわりを持っていたジャニーさんにとっても、この年はある意味で「デビュー」を果たした年と言っていい。

   この年の芸能雑誌や少女雑誌には、売り出し中のアイドルとして、ジャニーズの特集記事がたびたび組まれている。それらの記事を見ると、ジャニーさんの名前は毎号のように登場する。その描写からは、ジャニーさんの「原点」がうかがえる。

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