2019年 11月 17日 (日)

原1000勝で久々脚光の「ON砲」 名付け親は「虎党」スポーツ紙だった

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   巨人の原辰徳監督(61)が2019年7月30日、監督通算1000勝を達成した。プロ野球史上13人目で、同一球団で1000勝以上は5人目の快挙となった。巨人一筋では川上哲治氏の1066勝、長嶋茂雄氏(83)の1034勝に次いで3人目となり、名将の仲間入りを果たした。

   原監督のメモリアル勝利に球界をはじめてとし各界から祝福のコメントが続々と届けられ、スポーツ紙などで報じられた。そのなかで目についたのが「原監督1000勝をONが祝福」だ。久々に目にする「ON」の2文字。長嶋氏、王貞治氏(79)の両氏が、後輩の記念すべき1000勝達成に賛辞を贈った。

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1963年に「ON砲」が誕生

   オールドファンには懐かしい「ON」。この英字の読み方が分からない若い世代の方がいるかもしれないが、これは「オー・エヌ」と読む。「オン」ではない。王氏と長嶋氏の頭文字を取ったもので、「ON」とは、王氏と長嶋のことを指す。スポーツ紙などの見出しで使用されるケースが多く、両氏の現役時代はスポーツ紙の一面に頻繁にこの2文字が躍った。

   その代表的な見出しが「ON砲」だろう。これは、王氏と長嶋氏によるアベックホームランを意味する見出しだ。当時は、王氏が3番に入り、長嶋氏が4番を任される試合が多かった。アベックホームランの数は史上最多となる106本を記録。「ON砲」は常勝巨人軍のひとつの代名詞でもあった。

   「ON砲」の見出しが初めてスポーツ紙の見出しに踊ったのは1963年のこと。デイリースポーツの紙面に採用されたのが最初である。連日、阪神の情報が一面を飾るブレない「虎党」のデイリースポーツが、意外にも「ON砲」の名付け親だったのだ。24年前、記者がデイリースポーツに入社した当初、ベテランの元巨人担当記者から「ON砲」誕生の経緯を聞いたことがある。

「ON砲」の原型はMLB「MMキャノン」

   当時、王氏と長嶋氏によるアベックホームランがよく見られるようになっていた。スポーツ紙でもアベックホームランの報道がなされたが、いかせん見出しが長すぎる。いかにして端的にアベックホームランの見出しを付けるか。そこである社員がMLBの「MMキャノン」を倣ってみてはどうか、との提案をしたという。「MMキャノン」とは、MLBヤンキースのロジャー・マリスとミッキー・マントルによる打撃を指すもので、この提案が採用され王氏と長嶋氏の頭文字を取った「ON砲」が誕生したという。

   記者が先輩に聞いた話では、「ON砲」のアイデアを提案したのが現場の記者なのか、見出しを付ける部署の社員なのかは不明とのことだったが、「ON砲」の見出しを最初に使ったのはデイリースポーツで間違いないと教えられた。その先輩いわく、長嶋が3番に入り、王が4番でアベックホームランを打った時には、さすがに「NO砲」は使えず、「ON砲」の見出しを付けたという。

   「ON砲」の誕生以降、球界では「〇〇砲」というような呼び名が定着していった。「ON砲」に次ぐ史上2位となるアベックホームランを放った広島の山本浩二氏と衣笠祥雄氏は、「YK砲」と称され、多くの広島ファンから愛された。また、西武の黄金時代を築いた秋山幸二氏と清原和博氏は「AK砲」と呼ばれ一世を風靡した。

   巨人の終身名誉監督として球場に足を運ぶ長嶋氏。巨人、ソフトバンクで指揮を執り現在は日本プロ野球組織(NPB)コミッショナー特別顧問として球界を見守る王氏。最近、両氏がグランドで顔を合わせる機会はめっきり減り寂しい限りだが、稀代のスターがご健在であることは、いちプロ野球ファンとしては何よりの喜びである。かつて多くのプロ野球ファンに夢を与えた「ON砲」は、日本のプロ野球史において燦然と輝いている。

(J-CASTニュース編集部 木村直樹)

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