2024年 4月 24日 (水)

岡田光世 「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
都会と地方の断絶――忘れられた人たちの声を聞く 後編

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   この連載の前回に続いて、米中西部ウィスコンシン州の農家の家で生まれ育ち、同州の州立大学でジャーナリズムと政治学を学ぶナッシュ(22)に、「トランプのアメリカ」について彼の考えを聞いた。彼は首都ワシントンで半年間、民主党寄りの3大テレビネットワークのNBCでインターンの経験がある。

   彼が生まれ育ったバッファロー郡では、2016年の大統領選でほぼ6割がトランプ氏を支持した。

  • 出身地の地元紙アルバイト記者として取材中のナッシュ
    出身地の地元紙アルバイト記者として取材中のナッシュ
  • 出身地の地元紙アルバイト記者として取材中のナッシュ

大統領を支持する人は人種差別主義者か

   「地方の人たちにとって、エスタブリッシュメント(社会的に強い権力を持つ既成の支配階級)のイメージが強い。ヒラリーからは、ワクワクするものが感じられなかった。彼女は断固としたスタンスも取らなかった。何でもいい、とにかく変化がほしい、と多くの人が感じた」とナッシュは言う。

   民主党支持者らがトランプ氏を非難する時、「racist(レイシスト=人種差別主義者)」という言葉が真っ先にあがってくる。

「彼がレイシストかどうかと聞かれれば、僕はそうだと思う。でも、極端なレイシストかどうか、それはわからない。主観の問題だ」

   レイシストをなぜ支持できるのか。支持する人もレイシストではないか――。反トランプ派がよく口にする言い分に、ナッシュはどう答えるのか。

「人々が投票する理由はさまざまだ。人種より妊娠中絶や銃規制などの問題の方が、自分にとって大事だという人もいる。トランプを支持するからレイシストだと結論づけるのは、短絡的だ。でも、トランプの発言は的を得ていると思うこともある。大統領としてもっとふさわしい言い方があるだろう、と首を傾げることは多いけれど」

ポリティカリー・コレクトへの反発

   ナッシュはその例として、2019年7月末、トランプ氏に批判的なアフリカ系アメリカ人のイライジャ・カミングス下院監視・政府改革委員長(民主党)の地元選挙区である東部メリーランド州ボルティモアについて、トランプ氏が「ネズミや齧歯類がはびこる、吐き気をもよおす」町で、「(あんなところに)住みたい人間はいない」とツイートしたことをあげた。ここは黒人が多く住む地域で、人種差別的な攻撃だと問題になった。

「ボルティモアには僕も行ったことがあるけれど、ドラッグ、犯罪、高い失業率で、安全で住みやすい街とはとても言えない。また訪れたいとも思わない。ただあんな言い方で叩く必要はない。叩くひまがあったら、トランプ自身がボルティモアを住みよくするために動くべきだ」

   トランプ氏はツイッターを「注意を引くための戦略として利用している。だから、トランプの言葉尻ではなく、彼が言わんとしているのは何かを捉えることも大事だ」とナッシュは言う。

「トランプは物議を醸す。それが彼の個性でありスタイルであり、大統領就任前からずっとそうだった。自分が思うことを発言するのを恐れないし、自信を持っている。それが人々の注意を引くことをよく知っている。Attention is our currency.(今や、注目が大事なんだ)。
だからといって、大統領が好き勝手にいろいろできるわけではない。大統領命令が違憲とされることもあるし、実行するのに予算が必要であれば、議会の承認を得なければならない」

   トランプが支持される理由のひとつに、「ポリティカリー・コレクトへの反発がある」ともナッシュは語る。

「例えば、職場で何か部下や同僚に注意したくても、躊躇してしまう。『自分がマイノリティだから、あるいはゲイだから、自分だけ注意された』と受け取られるのを恐れるからだ。都会と違ってこの辺りでは、正直に話すのがよいことだと考える。
民主党支持者と共和党支持者のギャップは、ますます大きくなってきていると思う。メディアの在り方にも問題がある。メディアは信頼をなくした。トランプはCNNなどをフェイクニュースと非難していて、それが生産性があることとは思えないし、メディアも誤報を流すことはもちろんあるけれど、とくにケーブルニュースはひどい。報道の客観性に欠ける。
FOXニュースは極端に保守的右派に偏っているし、CNNやMSNBCはリベラルなバイアスがかかっている。メディアが僕たちを引き離しているとも言える。自分の意見や見方に合ったメディアから、ニュースを得ようとするからね。僕が共和党支持者だったらFOXニュース、民主党支持者ならCNNやMSNBCを見るだろう」

「民主党支持者は、なぜ大統領にチャンスを与えようとしないのか」

   でも、どちらを見ても、どこに真実があるか、見分けるのはとても難しい。

「そのとおりだ。僕は信頼しているジャーナリストの記事を追っている。ただ、ニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルなどもオピニオンの欄は読まない。そこに大いに主観が含まれているからだ。メディア、とくにテレビやラジオは、どこよりも早くニュースを伝えなければと競い合うばかりに、十分に時間や労力をかけずに、あまりにも早急に報道し、不注意に結論を出しがちだ」

   前回、触れたとおり、ナッシュは2016年の大統領選でトランプ氏もヒラリー・クリントン氏も支持しなかった。どちらもよい候補には思えなかったという。

   「民主党支持者は、なぜ大統領にチャンスを与えようとしないのか」とナッシュは首をかしげる。

「大統領が誰であろうと、米国市民として大統領をサポートする義務があると思う。彼が船の船長なんだ。船が沈まないように、手を取り合うべきだ。トランプ氏が気に入らないからって、声を荒げればいいというわけじゃない。僕たちは礼儀や礼節を失ってしまった。 トランプを毛嫌いする人たちが、彼を激しく非難・攻撃している。トランプ支持者たちは、それを自分たちへの非難・攻撃ととるんだ。意見が違っても、相手を受け入れることはできるはずだ。トランプを支持しているなら、友達の縁を切るなんて、そんな極端なことはこれまで起きなかったように思うよ」

   夜8時半から10時過ぎまで、ナッシュは穏やかに淡々と私に思いを語ると、丁寧に別れを告げ、車に乗り込んだ。そして月と無数の星の明かりを頼りに、農村の道を走り去っていった。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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