2020年 10月 31日 (土)

練習より「アニメが見たかった...」 廣瀬俊朗が振り返る「ラグビー漬け」の30年

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「ラグビーは若い時にしかできない。勉強やビジネスは、後からでもできる」

   廣瀬氏は、慶大卒業後、名門である東芝ラグビー部の門をたたいた。

「(東芝に)入る時、『とりあえず4年、やらせてください』って。大学も4年(周期)で回していたので。でも(入社後の)3年目でバイスキャプテン(副将)になって、4年目でキャプテン(主将)になって。辞められなくなっちゃいましたね。それでも、ラグビーは若い時にしかできないけど、勉強やビジネスは後からでも学べるかな...って思って」

   そんな廣瀬氏は、ある提言をした。

「大学の環境とかが整えば、例えば20歳ぐらいでも(日本の)トップで戦える選手が出てくるはず。医療面、栄養面が整えば18歳、19歳でも日本のトップで戦える選手が増えてくるかな...って思います」

   高校、高ジャパ、慶大、東芝、そして日本代表のいずれも主将を務めたからこそ言える、経験値からの言葉だった。

   ちなみに廣瀬氏が所属したトップリーグ(TL)とは、どんな場所だったのだろうか?

「一言でいうと企業スポーツ。あんま、外を向いてない...っていうか。僕らはCSR(社会貢献)の延長というか、従業員の士気向上みたいな感じで存在している...っていう建前がすごくあるので。正直言うと、社内、社外のお客さんが来てようと、あんまり関係なかった。もしくは僕たちに『広告価値』はあるとは思いましたけど、(TLは)そういうところにあまり価値を見出さない...っていうか。『コストがかかる』って言われましたけど、でも、ネットに出ている記事とかも含めれば、プラスになったんじゃないかな...って思います」

   サラリーマンとしては「失敗しない方がいい=変革を求めない」。自身も出演して、人気を博したドラマ「ノーサイド・ゲーム」(TBS系)のストーリーを、地で生きていくしかなかったそうだ。

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