2020年 10月 20日 (火)

「大魔神の1敗」が横浜ナインを奮い立たせた 齊藤明雄氏の振り返る「38年ぶり日本一」

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   1998年、スポーツ界に「横浜旋風」が巻き起こった。年始の箱根駅伝では、神奈川大学が2年連続2度目の優勝を飾り、全国大学ラグビー選手権では関東学院大が優勝。高校野球では、松坂大輔(現西武)率いる横浜高が春・夏連覇の偉業を達成。そしてプロ野球では横浜ベイスターズが38年ぶりの日本一に輝いた。J-CASTニュース編集部は当時、横浜ベイスターズの1軍投手コーチを務めていた齊藤明雄氏(65)を取材し、日本一までの道のりについて話を聞いた。

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大きかった「マシンガン打線」の恩恵

   横浜ベイスターズの98年の成績を振り返ると、79勝56敗1分け、勝率.585で2位・中日に4ゲーム差をつけてリーグ優勝を果たしている。球団史上最強と言われる「マシンガン打線」に野村弘樹、三浦大輔、斎藤隆、川村丈夫ら先発陣の充実、豊富な中継ぎ陣を誇った。そして絶対的守護神、「大魔神」こと佐々木主浩が最後を締めくくり、「勝利の方程式」が成立した。

   齊藤氏は98年に優勝した要因のひとつとして「大きな連敗をしなかったこと」と振り返り、次のように続けた。

「前年(1997年)のシーズンは2位で終えています。やはり悔しかったですね。選手は私以上に悔しい思いをしたことでしょう。この悔しさ、優勝のチャンスを逃したことが98年の飛躍につながったと思います」(齊藤氏)

   当時、1軍の投手コーチを務めていた齊藤氏は、投手陣の充実ぶりを指摘しつつ、「マシンガン打線」の恩恵が大きかったという。

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