2024年 4月 20日 (土)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(8)世界一の感染国アメリカはどこへ向かうのか

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津山恵子さんに聞くNYの変化とこれから

   人々はこの間、どんな日常を送ってきたのだろうか。ニューヨーク市在住のフリー・ジャーナリスト津山恵子さんに6月9日、ZOOMでインタビューをした。

   津山さんはちょうど、NHKの国際情報番組「これでわかった!世界のいま」の公式ツイッター問題で、日本メディアから感想をもとめられたばかりだった。

   これは7日放送の同番組で、フロイドさん事件をめぐる人種差別抗議デモを解説した際に使われた1分間のアニメを公式ツイッターで流した問題だ。そこには財布を握った黒人男性が、「黒人より白人は平均で資産を7倍も持っているんだ」と語り、男性の背後には黒人の男女が暴動に加わるような情景が描かれていた。番組ではフロイドさん殺害や暴力の歴史にも触れていたが、ツイッターは動画だけで、説明はなかった。

「デモの背景が、経済格差だけにある印象を受けた。仲間のフェイスブックで動画を知り、ツイッターで違和感を漏らすと、数時間後には日本のメディアから取材があった」

   アニメに描かれた黒人は筋骨たくましく、髪が縮れた数十年前のステレオタイプ。まるで困窮した黒人が暴動に走っているとでも受け取れそうな内容だった。「文脈を理解して」というのは言い訳にはならない。SNSで世界に共有され、世界からの反応が瞬時に日本にも跳ね返る時代だ。ヤング駐日米国臨時大使がツイッターで「使われたアニメは侮辱的で無神経」と投稿したことからもわかるように、SNSはすでに公的なメディアになっている。

   実際のデモはどうなのか。津山さんは6月1日にマンハッタン、同4日には自宅のあるクイーンズのデモを取材した。これまでの大規模デモとの違いに、目をみはったという。

   従来のデモは、日本では団塊の世代にあたるベビーブーマーが母体を組織し、傘下に組合や市民団体、環境団体が集うかたちが多かった。それぞれの団体は同じ色のTシャツを着たり、きれいに印刷したプラカードを持ち寄ったりして整然とデモをした。

   今回は、黒人もいたが、むしろ目立つのは白人やアジア系、ヒスパニック系で、スマホで連絡を取り合って集まる「ジェネレーションZ」と呼ばれる若者たちだった。

   ベビーブーマー以降、その子どもの「X世代」、1980~90年代生まれで「ミレニアル世代」とも呼ばれる「Y世代」が登場したが、「Z世代」はそれに続く90年代後半以降生まれを指すことが多い。途中でITに移行し、ツイッターやフェイスブックを使う「Y世代」に対し、「Z世代」は生まれた時からITやネット、スマホが当たり前で、むしろインスタグラムを多用する。

「彼らはインスタグラムで連絡を取り合い、デモが開かれないような場所、警官が来ないような場所に同時多発的に集まる。印刷したプラカードもなく、アマゾンで届いた段ボール箱の紙に手書きで主張を書き、思い思いに意思表示をしています」

   彼らはアメリカの公民権運動や、92年のロサンゼルス暴動のことも知らない。フロイドさんが虫けらのように扱われ、無残に殺される動画を見て、ただただ衝撃を受け、「こんなことが許されていいのか」という憤怒に駆られて街頭に出た。そこにあるのは、誰も正当化できない「命の格差」に対する痛みと義憤だ。全米への広がりのスピードを考えると、さまざまな街角で今回のデモに参加した人々は、かつての「ワシントン行進」にも匹敵する規模ではないか、と津山さんは言う。

   今回の抗議デモの展開がいかに異色なものであるのかについて、津山さんは2点を指摘した。第一は、ミネアポリスの市議会(定員13人)のメンバー9人が7日、市警の解散と新たな治安維持モデルの採用に賛同したことだ。米国の地域警察は自治体によって運営されており、大都市はことにそうだが、自治体の首長と警察が癒着しやすい構図がある。今回は、市長の拒否権を覆せる多数派を形成しており、実際に警察の差別構造を解体する方向まで出てきた。

   第二は、津山さんが4日マンハッタンのタイムズスクエアで見た光景だ。広告塔に取り囲まれたNYで最も繁華な広場で見たのは、「ブラック・ライブズ・マター」を訴えるコカ・コーラやH&M.アメリカン・イーグル・アウトフィッターズなどの広告だった。「もちろん、商業的な動機もあるでしょう。すでに消費の3分の1をミレニアル世代が占めるという統計もあり、Z世代は次の消費を担う。彼らに同調しないと将来が危うい、という計算もあるかもしれない。でも、そこに、『公民権運動2.0』が生まれる萌芽も感じます」

   2003年に共同通信の経済担当特派員としてニューヨークに駐在し、07年からフリーとなった津山さんは、これまで「オキュパイ・ウォールストリート」運動や、気候変動サミットをめぐる環境問題などの活動を間近に見て取材してきた。しかし今回は、米国の最深部で岩盤のように揺るぎない人種差別を、新しい世代が中心となって、彼らなりのスタイルで突き崩す突破口になるのかもしれない。

   新型コロナウイルスで行動制限が続き、津山さんも長い間、自宅での巣ごもりを余儀なくされた。津山さんが現地から日本メディアに報告する文章を読んでいると、つい先月24日、48日ぶりにマンハッタンを訪れた時の印象が記されていた。人っ子一人いない町を歩きながら、津山さんは、ウイルス感染で人類の大半が亡くなり、ニューヨークただ一人の生き残りとなったウィル・スミス演ずる科学者を描いた映画「アイ・アム・レジェンド」を思い出したという。

   だが、それからわずか2週間、再び訪れたマンハッタンには、まったく予期しない光景が広がっていた。

「行くたびに、まったく違う映画に飛び込んでいるみたいでした。今立ち上がっている若者たちが投票に行くかどうかで、この秋の大統領選、この国の行方は大きく変わると思います」

ジャーナリスト 外岡秀俊




●外岡秀俊プロフィール
そとおか・ひでとし ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員
1953年生まれ。東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマにした『北帰行』(河出書房新社)で文藝賞を受賞。77年、朝日新聞社に入社、ニューヨーク特派員、編集委員、ヨーロッパ総局長などを経て、東京本社編集局長。同社を退職後は震災報道と沖縄報道を主な守備範囲として取材・執筆活動を展開。『地震と社会』『アジアへ』『傍観者からの手紙』(ともにみすず書房)『3・11複合被災』(岩波新書)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)などのジャーナリストとしての著書のほかに、中原清一郎のペンネームで小説『カノン』『人の昏れ方』(ともに河出書房新社)なども発表している。

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