2020年 8月 13日 (木)

保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(51)
修身教育めぐる「警察官」と現場教師の攻防

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修身の教科書を買う必要がないとまで指導する教師も

   視学官は大体が師範学校の教授経験者であり、文部省、つまり国家の忠実な教育官僚である。授業の後の面談で、Kを難詰している。そのやりとりも前述の書から引用しておきたい。

   視学官は怒りの口調で問う。

「今日の授業は僕が聞いていても耐えられなかったが、子供は従順なので罪がないからああして聞いている。僕は視察という名目で来なければすぐにでも退出したが、紳士の対面を守っていた。(2、3の嫌味を言って)一体、どうして国定教科書を使わないのか。なぜあの様な材料を使うのか」

   Kが答えないので、視学官は、「どうして一学期は使わないのか」と再度尋ねる。次のようなやりとりがある。

「自分は、自信が持てるだけの準備が付いていないからです」
「自分の自信か?」
「そうであります」

   このほかふたりのやりとりでは、「君は国定教科書と今日の授業の材料と、どちらを重く見ているのか」と問う視学官に、「どちらを重く見ているというような事ではありません」とKは答えている。こういう会話を見ると、ふたりの間には大きな開きがあることがわかってくる。いうまでもなくKは特に体制の批判をしているわけではない。視学官は教科書を使わないことを責めているのである。徹底して国家の枠組の中に閉じ込めようというのが視学官の役割であった。Kはこのあと、休職処分にされている。

   ところが大正デモクラシーの空気の中で、修身の教科書を使わない訓導は各地に相当の数がいた。彼らは修身の教えが現実には児童・生徒の成長に役立つとは考えなかったからだ。中には児童に、修身の教科書を買う必要がないとまで極論する訓導までいた。それがどの程度受け入れられたか、明確な数字は出ていない。しかし教育を受ける権利は誰にあるのか、つまりは教師は国家の教育の下僕なのか、という問題が、教育現場では問われていった。国家の命ずるままに教育現場に立つのは教師の役目なのか、といった問題が差し迫った課題となっていったのである。

   教科書の国定化第3期の戦いは、その後の昭和の教育を見るときの伏線になっている。(第52回に続く)




プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)『天皇陛下「生前退位」への想い』(新潮社)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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