2020年 8月 11日 (火)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(15)日米地位協定の死角 在沖米軍に見る感染拡大の実態

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住民を犠牲にした「戦争マラリア」の教訓を学んでいない

   比屋根先生が触れた沖縄の「マラリア』問題とは何か。この問題を10年間にわたって追い続けたカリフォルニア大バークレー校客員研究員の大矢英代(おおや・はなよ)さん(33)に7月30日、ZOOMでインタビューした。

   大矢さんは、早稲田大学大学院でジャーナリズムを学ぶ09年に、インターンをしていた石垣島の八重山毎日新聞社で「戦争マラリア」のことを知り、この問題を調べ始めた。

   多くの人は、いまだに、「戦時中の混乱が招いた不幸な病死」とか、「米軍から住民を保護するための疎開の結果」などと誤解している。だがそうではない。石垣島の住民は島内の山間部へ、波照間や黒島、鳩間島、新城島の住民は西表島に強制的に移住させられた。それも、マラリアの無病地区から、有病地区への「疎開」だった。

   米軍が上陸しなかったにもかかわらず、なぜ住民は日本軍によってマラリアの有病地区に追いやられ、3600人以上が犠牲にならねばならなかったのか。

   その真相に迫るため、大矢さんは大学院を休学し、島民の3人に1人が疎開でマラリアの犠牲になった波照間島に、8か月間住み込んだ。人と人の関係を築かなければ、人は胸の内を明かしてはくれない。農家のおじい、おばあに受け入れてもらい、サトウキビの収穫で1日8時間働き、八重山の民謡を習い、人々との語らいを通して方言を学んだ。ようやく心を許してもらい、大学院の修士終了の映像作品を完成させたが、その時に沖縄の人々は、もう取材対象ではなく、共に生きる人々になっていた。

   卒業後は琉球朝日放送の取材記者として5年勤め、基地問題などを取材した。やがて、「県民はわかってくれても、本土や日本政府の意識が変わらなければ問題は解決しない」と行き詰まりを感じ、退職して独自の道を選んだ。会社の先輩で2年間一緒に仕事をしてきた三上智恵さんに声をかけられ、共同監督で制作したのが数多くの賞を受けたドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」(2018年)だ。

   その取材の過程で大矢さんは、追い続けた「戦争マラリア」の謎に迫る最後の扉を開けることになった。

   住民に疎開を命じたのは、沖縄に送られた陸軍中野学校出身者42人のうち、八重山に派遣された4人だった。日本軍はどの地域がマラリアの有病地かを事前に調べ、軍の幹部には特効薬のキニーネを準備しながら、住民を有病地に「疎開」させた。

   食糧供給や基地建設などで住民に協力をさせたのに、戦況が悪化するにつれ、住民は「軍事機密を知っている」がゆえに、「不都合」な存在とみなされ、軍の作戦の邪魔にならないよう監視下に置かれた。

   映画「沖縄スパイ戦史」は、証言と軍の作戦計画書などをもとにその最暗部に迫ったドキュメンタリーであり、今年2月に「あけび書房」から出版された大矢さんのルポルタージュ「沖縄『戦争マラリア~強制疎開死3600人の真相に迫る」は、この10年に書き溜めた20冊以上の取材ノートをもとに書きおろした渾身の力作だ。その大矢さんの目に、今コロナ禍で揺れる沖縄はどう映っているのか。大矢さんは、問題は二つある、という。

   「一つは日本政府自体の問題です。政府は、感染拡大が分かっていながら経済を優先させ、『Go Toキャンペーン」を前倒しで実施した。それを見ていると、マラリアに感染すると分かっているのに、軍の作戦を優先して住民を有病地に強制疎開させ、3600人以上の大量死を招いたことを思い出します。本来は守らねばならない住民の命をないがしろにし、軽んじる点で、戦争マラリアがもたらした教訓を学んでいない気がします」

   もう一つは、米軍自体がはらむ問題だ。

   「アメリカでは感染拡大に歯止めがかからず、私が住むカリフォルニアは全米で最も感染者数の多い州になりました。感染は米軍内でも広がっている。感染そのものはアメリカの国内問題ですが、海外に駐留する米軍を通して、各国にその問題が漏れ出している。日米地位協定によって、兵士や軍属は基地の外に出入りできるのに、地元自治体は立ち入りができず、感染が広がっても、地元の沖縄がそれをやめてくれ、という法的な権限がない。出入国管理法令が適用されないことは、以前から繰り返し問題になってきた。基地の外で性犯罪をおかしながら、基地に逃げ込み、そのまま基地から出国したこともある。旅券審査を受けずに出入国できる協定によって、被害者は泣き寝入りせざるを得なかった」

   アメリカでも、つい最近まで、トランプ大統領はマスクをつけず、いまだにマスクをつけない支持者もいる。だがそこには、「マスクを強制するのは共産主義と同じで、個人の権利を重んじるアメリカ民主主義の剥奪につながる」という考えが背景にある。マスクを着けないことは、それはそれで問題だが、アメリカから今の日本を眺めると、裏返しの窮屈さを感じてしまう、と大矢さんはいう。

   「被害者である感染者を、規則に従わないばかりに罹患した悪者のように扱ったり、本人が身元を隠したりといったことを見聞きすると、コミュニティを裏切るスパイを監視した戦時中のことを思い出します。『裏切者』をあぶりだして自己責任を問うのではなく、感染防止の対策がきちんと行われているのか、政策がきちんと機能しているのかを、まず問うのが先なのではないでしょうか」

   フルブライト奨学生として渡米して1年が過ぎ、今は自費でドキュメンタリー制作と調査報道の研究と実践を続けている。「足で稼げ」と教えられてきたジャーナリズムだが、米国でも今は対面取材が難しく、現場で取材相手とキャッチボールしながら作品に写し込んできた映像が、撮りにくくなったという。だが、これからメディアが多様化する時代に、文字で映像で、映画作品で、ターゲット層に合わせて臨機応変に伝え方を変えられるように、自分を磨いていきたい、という。最後に大矢さんは、沖縄についてこう語った。

   「『沖縄問題』という言葉があります。でも、実際に起きている問題は、ワシントンや日本政府、そしてそれを積極的に支持する国民はもちろん、何よりも政治に無関心な国民が、沖縄に強いてきたアメリカ問題、日本問題であり、沖縄はそれを写し出す鏡だと思います。『沖縄問題』といって、沖縄に問題を閉じ込め、地元に犠牲を強いながら、知らん振りをしてきた国民の責任が放免されるというのでは、戦時に沖縄を犠牲にした過去から学ぶことはできません。政策によって、一般住民が最大の犠牲を払う結果になった『戦争マラリア』の歴史は、今も終わっていないと思うんです」

ジャーナリスト 外岡秀俊




●外岡秀俊プロフィール
そとおか・ひでとし ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員
1953年生まれ。東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマにした『北帰行』(河出書房新社)で文藝賞を受賞。77年、朝日新聞社に入社、ニューヨーク特派員、編集委員、ヨーロッパ総局長などを経て、東京本社編集局長。同社を退職後は震災報道と沖縄報道を主な守備範囲として取材・執筆活動を展開。『地震と社会』『アジアへ』『傍観者からの手紙』(ともにみすず書房)『3・11複合被災』(岩波新書)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)などのジャーナリストとしての著書のほかに、中原清一郎のペンネームで小説『カノン』『人の昏れ方』(ともに河出書房新社)なども発表している。

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