2021年 3月 1日 (月)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(20) 日本は「グローバル対話」の促進者に

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米国の「フランケンシュタイン」

   国際外交の場でタリバンはよく、「米国が生み出したフランケンシュタイン」と呼ばれた。人造人間を生み出した科学者の悲劇を描く英国の作家メアリー・シェリーの作品名だ。「フランケンシュタイン」は、実は科学者の名前で、人造人間は作品内では「怪物」と呼ばれるだけだが、その後は物語を離れ、被造物をその名前で呼ぶようになった。

   旧ソ連の占領時代に、CIAはムジャヒディンと呼ばれるゲリラ戦士を養成した。その選抜の基準は「優秀な戦闘員」であり、「使い勝手のいい兵士」だった。将来樹立する政権の基盤になる民主的な穏健勢力は意図的に排除された。これは、アメリカの唯一の関心事がアフガニスタンからの旧ソ連軍の排除であり、神がかりで命を惜しまず「無神論者」と戦う原理主義者こそが対ソ戦略にとって好都合だったためだ。旧ソ連軍が撤収すると、米国の関心は急速に薄れ、アフガンは米国にとって、「忘れられた国」になった。

   アメリカが去った後に、パキスタンやサウジといった周辺国が、それぞれの身勝手な目的のためにアフガニスタンへの介入を強めた。パキスタンは、後背地であるアフガニスタンにイスラム原理主義政権を打ち立てることによって、建国以来の宿敵であるヒンズー教のインドへの抑止力を強化することによって、対インド戦略における「戦略的深み(Strategic Depth)」を達成しようとした。サウジは、スンニ派原理主義勢力によるアフガン政権の樹立によって、シーア派の盟主であるイランを側面からけん制しようとした。両国は当初、ムジャヒディン各派の中の原理主義勢力を支援していたが、彼らが政権を取れないと見ると、新たな超原理主義グループであるタリバンを新たに生み出した。タリバンはその後、アルカイダと結託することにより先鋭化し、周辺国の意に反して元々の創造者に牙をむき始めた。これが「フランケンシュタイン」と呼ばれる所以だ。

   実は、米国が時々の利害関係でテコ入れし、育てた軍事勢力が米国に歯向かうといった「ブーメラン効果」は、これが初めてでも最後でもない。1990年に父親ブッシュ大統領がパナマ侵攻で逮捕するに至ったノリエガ将軍も、91年の第1次湾岸戦争で戦ったイラクのフセイン大統領も、もとはと言えば米国の軍事的肩入れで頭角を現した強権政治家だった。

   パキスタンに逃れたアフガン難民の支援について、当時のブレジンスキー米大統領補佐官は、日本政府に資金面で協力するよう「要請」した。川端さんにとって、ブレジンスキー氏はコロンビア大学大学院時代の恩師である。彼は日本の支援を「戦略的人道支援」と呼び、暗にアメリカがムジャヒディン各派への軍事支援に集中する一方で、軍事に関われない日本がアフガン難民への支援を肩代わりするという日米の役割分担を示唆した。

   同時多発テロの後、息子のブッシュ大統領はアフガニスタン戦争に突き進み、タリバン政権を崩壊させたが、その後の国家再建には少しも興味を示さず、その作業をもっぱら国連に任せて、2003年には次の対イラク戦争の準備に向かうことになる。アメリカの移り気でとりわけ後悔されることは、ブッシュ政権がアフガン全土への国際治安支援部隊(ISAF)の展開支援を約束しておきながら、約束を守らなかったことであった。結果として、ISAFの展開はカブール周辺に限定され、後のタリバンの復活を許すことになる。テロ支援政権を倒しさえすれば、一夜にして安定した民主主義国家が生まれると信じる、歴代アメリカ政権の「無邪気な世界観」の限界であった。

   川端氏は、ブラヒミ氏のもとで、暫定統治の枠組みづくりに奔走し、2001年12月にはアフガン諸派による和平と復興のための国際会議で「ボン合意」成立に漕ぎつけるのだが、本題から逸れるので、ここでは触れない。

   川端氏の論点はこうなる。テロのグローバル化は、21世紀の幕開けとなる同時多発テロ事件で、すでに顕在化していた。脅威はすでに、ロ-カル・リージョナルな範囲に限定することはできず、どんな軍事大国であっても、根絶できない存在になっていたのである。

   1国では対処できないこうした場合、国は単独ではなく、国際機関をいかに利用するかを考え、その協調のもとで、それぞれの「国益」を追求するしかない。それが川端さんの基本的な考えだ。

   日本の政治家はよく。国連事務局を訪ね、「日本は国連のために、どのような支援や協力ができるのか」と尋ねてきた。だが、それでは発想が違う、と川端さんは感じてきた。

   国連は、超国家組織ではなく、加盟国の利害を調整して合意を生み出すための器に過ぎず、加盟国の利害が衝突し、あるいは妥協する国際政治の闘技場だ。当然、そこには、利害や得失をめぐる熾烈な駆け引きがあり、加盟国の意思を超えた合意があらかじめ存在するわけではない。日本がなすべきことは、国連にお伺いを立てることではなく、日本が国連を通して何を達成したいかを考え実行することだ。

   どの国も正面切っては言わないが、「自国のために国連をどう利用できるのか」を自らに問い、「自国のビジョンを実現するために、国連をどう協力させられるか」という問いを判断や行動の指針にしている。長く国際機関の実務を担ってきた川端さんは、そう考える。

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