岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち バーの客も怒鳴り合う大統領選討論会の夜

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店を出るときには、お互い「会えてよかった」

   このあと、バイデン氏が、「私の息子は軍人で愛国者だった」と言うのを、ジョナサンはうなずきながら、聞いていた。

   別れる前に、ポールがジョナサンについて、私に話してくれた。

「あいつは軍人だったんだ。俺はあいつを尊敬している」

   私たちは、討論会を最後まで見た。

   少し離れた場所で、立って見ていたある白人男性に声をかけると、呆然とした様子で呟いた。

「トランプ氏がまったく規則を守らないから、なんだか恐ろしくなったよ」

   話している相手に、最初に口を挟んだのはバイデン氏だったが、結果的にはトランプ氏の方がルールを守らず、攻撃的だった印象が強い。どちらも相手をさえぎり、同時に言い合うことが多く、聞き取りにくい場面もあった。

   それを見ながら、さらにバーでも皆が口論し合い、カオスそしてまたカオスの夜だった。

   それでも終われば、怒鳴り合っていた客同士が「おやすみ」「一緒に見られて、楽しかった」「会えてよかったよ」と声を掛け合い、別れを告げていた。

   アパートに戻るとドアマンが、「どっちの勝ちだ?」と聞いた。今夜の討論会を意味していることは、明らかだった。

   「トランプはバイデンに口を挟んで、酷かったな」とドアマンが言った。

   私としては、今回の討論で勝者も敗者もなかった。お互いに子供の喧嘩のような非難の応酬だったと感じた。選挙戦でどちらが勝者となったとしても、敗者の主張を包含し、敗者にも耳を傾ける国であってほしい。このバーの客を見ていて、そう思った。

   2020年10月2日(米国時間)、トランプ氏がコロナ感染のため、緊急入院したとの速報が流れた。まずは、1日も早い回復を祈りたい。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

   
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