2020年 10月 25日 (日)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(24)元NHK解説主幹の柳澤秀夫さんと考えるテレビ報道

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   新型コロナ対応を検証する「民間臨時調査会」は2020年10月8日、報告書を公表した。政府対応は「場当たり的」だったが、結果的には先進諸国の中で死亡率が低く、経済の落ち込みも抑えられたとする内容だ。では、この間、メディアの対応はどうであったのか。元NHK解説主幹、解説委員長で、今もコメンテーターとして活躍する柳澤秀夫さん(67)と考える。

  •                           (マンガ:山井教雄)
                              (マンガ:山井教雄)
  •                           (マンガ:山井教雄)

柳澤さんとの3つの接点

   それほど交遊があったわけではないのに、私が一方的に柳澤さんに親しみを感じた理由は、三つの接点があったからだ。

   一つは同じ1953年生まれという同世代意識。二つ目は1991年の湾岸戦争を取材した経験。ただし柳澤さんはNHK記者としてバグダッドに残り、イラク現地から報道を続けたのに対し、私はサウジアラビアの米軍拠点都市ダーランから、主として米軍の側の動静を伝えた。イラクで取材する柳澤さんの頭上を、米軍が発射した巡航ミサイル・トマホークが高速で飛び去る衝撃の映像は、今も脳裏に鮮明に焼きついている。他方の私は連日、イラク軍が発射するスカッド・ミサイルから逃げ惑い、地下壕に避難していた。

   三つ目の接点を知ったのは最近のことだ。福島県会津若松市出身の柳澤さんは、当然幼少時から、会津藩の歴史や文化をご存じだった。だが2013年に放送されたNHKの大河ドラマ「八重の桜」で、自分のルーツへの関心がにわかに高まった。主人公・八重の生家である山本家が、柳澤一族の家とは、一軒挟んだ隣にあることを「再発見」したからだった。

   当時NHKの人気番組「あさイチ」などに出演していた柳澤さんが、番組の中で会津出身であることに触れると、次々に柳澤家のルーツにまつわる資料が関係者から送られてきた。

   柳澤さんがまだ幼いころ、父方の祖母は飯盛山で自刃した白虎隊士の墓の左端にある鈴木源吉の墓前で手を合わせるようにと言った。それもよく調べてみれば、曾祖母が柳澤家から鈴木家に嫁ぎ、姻戚関係にあったからだと知った。そうした資料を集めて読み込み、ルーツが明らかになるうちに、2017年、会津出身者の親睦団体「会津会」の第8代会長に選ばれ、今に至っている。

   私事で恐縮だが、私も「八重の桜」がきっかけで、自分のルーツが会津につながっていることを知った。一緒に「八重の桜」の鶴ヶ城籠城シーンを見ていた母が、「私の母はいつも『会津を大事にしなさい』が口癖だった」とつぶやいたのがきっかけだった。

   今まで聞いたこともなかったので、叔母らに尋ねると、母方の曾祖父の阿久原茂は、白虎隊の生き残りだった。

   その後、札幌在住で会津の歴史に詳しい郷土史家の好川之範氏のもとを訪ねると、意外な事実が分かった。柳澤さんの曾祖母の父親・丈之助は下北半島の斗南藩に流され、藩の拠点である佐井村に住んだ。私の曾祖父・阿久原茂が斗南藩で住んでいたのは田名部村の斗南丘という場所で、目と鼻の先にあるという。つまり、まだ若かった私の祖先は、柳澤さんの祖先のお世話になった可能性がきわめて高いということだ。

   私がこうした私事を書き留めるのは、おそらく柳澤さんと私には、会津の子弟が学んだという「什(じゅう)の掟」の「ならぬことはならぬものです」という教えが無意識のうちに刷り込まれ、それが柳澤さんの言動に、私が共感する理由だったろうと思い当たったからだ。

   あとで触れるように、柳澤さんが勤めていたNHKは、公共放送でありながら、政治との距離でいえばいつも微妙な立場に置かれがちな組織である。その中にあって、柳澤さんはいつも、ジャーナリストの矜持を保ち、筋を通そうとしてこられたように思う。

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