2024年 4月 25日 (木)

「答えはお客様にしかない」――緊急事態宣言下に予約殺到、ミシュラン一つ星店が「朝ディナー」で示す存在意義

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   緊急事態宣言を受けた20時までの営業時間短縮(時短)要請に飲食業界が苦慮する中、新たな店舗運営のあり方を示した店がある。

   東京・代々木上原のフレンチ店「sio」は、2021年1月12日から20時までの時短営業と並行し、これまで営業していなかった朝に「ディナー」の提供をはじめた。異例の取り組みはSNS上で話題を呼び、緊急事態宣言期間中の予約はいっぱいになった。

   ただ、提供機会の確保を目指した店の姿勢には「夜よりコロナが感染しにくくなるとでも思っているのか」といった厳しい声も寄せられたという。オーナーシェフの思いは。

  • 時短要請で「朝ディナー」はじめたフレンチの名店が話題(sio提供)
    時短要請で「朝ディナー」はじめたフレンチの名店が話題(sio提供)
  • 「sio」オーナーシェフの鳥羽周作さん(sio提供)
    「sio」オーナーシェフの鳥羽周作さん(sio提供)
  • 時短要請で「朝ディナー」はじめたフレンチの名店が話題(sio提供)
  • 「sio」オーナーシェフの鳥羽周作さん(sio提供)

レシピ集の書籍化で注目浴びる

   最初に緊急事態宣言が出された1都3県のうち、都は1月8日から飲食店、カラオケ店などに営業時間短縮を要請。神奈川、埼玉、千葉の3県は8日から酒類提供の飲食店などに時短を要請し、12日からは酒類の提供有無にかかわらず要請を始めた。宣言中は、いずれも酒類の提供が11時~19時に限定される。要請に応じた事業者には、店舗ごとに1日あたり6万円の協力金が支払われる。一方で、宣言が出た都道府県の知事は時短要請に従わない飲食店の店名を公開することも可能になっている。

   20時までか、平常通りか。業界内でも対応が分かれる中、緊急事態宣言下の店舗運営で「第三の道」を提示したのが東京・代々木上原の「sio」だ。sioはミシュランガイド東京で2年連続一つ星(2020、2021)を獲得したフレンチの有名店だ。一度目の緊急事態宣言が出されていた20年春には、外出を控える人に向け、店の味を自宅で再現できるレシピ「#おうちでsio」をnoteで展開。レシピ集は9月に書籍化され、多くのメディアが取り上げた。

「『#おうちでsio』を通じて新しいお客様との繋がりを得たことで、『味の答え合わせ』を目的に店を訪れてくれる人が増えました」

   「sio」オーナーシェフの鳥羽周作さんは1月12日、J-CASTニュースのオンライン取材に対し、こう語った。鳥羽さんによるとコロナ禍を経て店の評判は上昇し、20年12月は過去最高の売り上げを記録したという。

「現実を受け入れるしかないという無力さがあった」

   全てが順調に進んでいるかに思えた。そんな矢先、2度目の緊急事態宣言と時短要請に直面した。鳥羽さんは1月7日、自身のツイッターで「色々悔しい。またかよ。納得できない部分もある」と率直な思いを伝えた。当時の心境を鳥羽さんは「今まで積み上げてきたものが崩れていく。現実を受け入れるしかないという無力さがあった」と振り返る。

   それでも、鳥羽さんは前を向いた。導き出したのが、従来24時までだったディナーの時間を短縮した上で、その穴埋めとして、これまで営業してこなかった朝、そして土日祝日のみ開けていた昼に「ディナー」を提供するという形態だ。まさに「逆転の発想」だった。

   「以前の緊急事態宣言時と違い、リモートワークのあり方が変わってきていると感じた。より自由な時間の使い方が可能になったことで、夜ではなく、朝や昼にしっかりしたご飯を食べたいというニーズも生まれているんじゃないかと思い、導入を決めました」(鳥羽シェフ)

   「朝ディナー」のコースは全8皿で6000円、「昼ディナー」は夜と同じ全10皿で1万円だ(いずれも税抜き)。「朝ディナー」の時間帯は基本的に酒類の提供ができないため、ノンアルコールビールなどのペアリングを提案しているという。

   料理を朝と昼に提供する場合、それぞれを「モーニング」「ランチ」と位置づけ、安価で簡易的に売り出す選択肢もある。それでも「2時間半(のコース時間)をどう提供するかを考えた時に、レストランの『本意気』であるディナーの体験価値を朝と昼に作り上げたかった」と、あえて「モーニング」や「ランチ」にはしなかった理由を語った。

   鳥羽さんは7日に朝・昼・夜の3部営業を始める意向を自身のツイッターで表明。すると、すぐに「11時くらいに美味しい朝食はあり」「朝sio行ってみたいなあ」という好意的な声が寄せられた。店の予約が翌8日から始まると、緊急事態宣言が終わる予定の2月7日まで、あっという間にその枠は埋まった。

「定められたルールの中での『最善策』を目指した」

   1月12日には「朝・昼ディナー」の提供初日を迎えた。店で「朝・昼ディナー」を味わった人からは「すごい体験価値だった」「これがニューノーマル、トレンドになる可能性がある」「一日の活力が出た」といった好反響が寄せられたといい、鳥羽さんも「最高に喜ばれていました!」と喜んだ。

   ただ、政府が飲食店に時短営業を要請しているのは、会食などによる感染拡大を防ぐため。提供機会の確保を模索する店の姿勢には、「抜け道だ」「一休さんのとんちじゃないのか」と批判的な声も寄せられたという。

   鳥羽さんによれば、「sio」では従業員の検温と体調チェック、マスク着用、手洗い、アルコール消毒の徹底、客が使う物の抗菌確保、席数の減少(約20席→10席)、店内換気といった感染対策を実施。利用客も食事中以外はマスクを着用するなど「お互いの暗黙の了解で対策をしている」状況だという。その上で、鳥羽さんは以下のように考えを語った。

「『朝に営業すれば、夜よりもコロナが感染しにくくなるとでも思っているのか』という意見もありました。ただ、それは僕らではなく、本来、国に対して言うべき話。これがダメならば、夜営業しているお店も、昼営業しているファミレスも、感染リスクという意味ではそもそも全部ダメだという話になってしまいます」
「朝ディナーは単に『お金を稼ぐ』というよりも、ウィズコロナ、アフターコロナにおける『新しいライフスタイルの提案』という位置付けです。今後、もしかしたらそういうスタイルが定着していくんじゃないか、という選択肢の一つとしてやっている。『時短要請に従う』『指定の時間以外はアルコール提供をしない』『やれる範囲の感染対策をする』といった、最低限定められたルールの中での『最善策』を目指した結果です」

「作る相手がいなくなれば、自ずと存在意義がなくなる」

   鳥羽さんは3部営業制の導入を表明した7日のツイッター投稿で、こんな思いも語っていた。

「僕らは食べてくれる人がいなければ、存在意義がないんで」

   サッカー選手、小学校の教員を経て料理業界に転身した異色の経歴を持つ鳥羽さん。この言葉の意味を聞くと、次のように話してくれた。

「単純に生きていくだけならば、厳しい飲食をやめて就職するとか、いろいろな手段があると思います。ただ、僕らは飲食(業)が好きで飲食(業)をやっている。やっぱり、作りたいんですよね。自分のためのご飯を作るのではなくて、誰かに喜んでもらうためにやっているので。だから、作る相手がいなくなれば、自ずと存在意義がなくなる。料理を食べたいという人の需要があって、そこに料理を提供することで対価をもらっている。飲食(業)の根本は、そこじゃないですか。だから『答えはお客様にしかない』という考えを愚直に体現していくことで、僕らはコロナを乗り切ってきたという自負がある」

   時短営業を契機に始めた「朝・昼ディナー」だが、好評ならば緊急事態宣言終了後の継続も視野に入れているという。鳥羽さんは「『美味しい』で世の中をハッピーにするという意味で、やれることはまだまだある。『#おうちでsio』でコンビニ商品のアレンジレシピを出すとか、ECサイトを活用するとか、いろいろな選択肢がある。飲食業として今できることを惜しげも無く、全力で出し続けていきたい」と今後の展望を語った。

(J-CASTニュース記者 佐藤庄之介)

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