観光地同士がバトンをつなぎ、「世界トップ10」の観光地を目指す/広島県観光連盟チーフプロデューサー・山邊昌太郎さんに聞く

提供:広島県

   原爆ドームと嚴島神社、2つの世界遺産を擁し、世界的な知名度を誇る広島県。

   しかし、誰もが知る観光名所を有しながらも、なぜか観光客数ランキングではトップ10に入っていない。

   知名度と集客のギャップを埋めようと、リピーターを生む観光地づくりに挑んでいるのが、一般社団法人 広島県観光連盟(HIT)だ。

   今回は、取り組みの最前線に立つ チーフプロデューサー 山邊昌太郎さんに、今何を行い、何を目指しているのかをうかがった。

  • 広島県観光連盟(HIT) チーフプロデューサー 山邊昌太郎さん
    広島県観光連盟(HIT) チーフプロデューサー 山邊昌太郎さん
  • 広島県観光連盟(HIT) チーフプロデューサー 山邊昌太郎さん

100万人が訪れる1か所ではなく、1万人が熱狂する100か所をつくる

――山邊さんは2020年に広島県観光連盟のチーフプロデューサーに就任されましたが、当時、広島の観光にはどのような課題があったのでしょうか?

山邊昌太郎 1つ目は、広島の観光地といえば原爆ドームと嚴島神社という二つの世界遺産が主な訪問先となっており、観光客の訪問がそれ以外の地域には広がっていなかったことです。そのため、世界遺産以外の地域で、地元の資源を掘り起こし、新たな観光地として育てる必要がありました。

   2つ目は、リピーターが少なかったことです。従来の観光連盟ではパンフレットの作成やイベントでの観光PRといったプロモーションに注力していましたが、こうした手法ではプロモーションを実施したタイミングで一時的に観光客を呼び込むことはできても、継続的な集客に繋がっていませんでした。また、プロモーションで集客に成功しても、一度訪れただけで観光客は満足してしまい、リピーターには繋がりにくい状況でした。
「HYPP」の取り組みを通じて開発されたトレッキングツアー。広島のイチオシ観光体験に
「HYPP」の取り組みを通じて開発されたトレッキングツアー。広島のイチオシ観光体験に

――さきほどの課題に対して、どんな取り組みをされていますか?

山邊昌太郎 1つ目は、2021年に始めた「HYPP」(ハイプ/Hiroshima Yearning Product Platform)というプラットフォームでの取り組みです。

   「100万人を集客できる1つの観光地ではなく、1万人を熱狂させる観光地を100か所つくる」という方針のもと、観光客が広島で熱狂する(Yearning)ような観光コンテンツを開発できるよう、事業者に対する支援を行っています。

   2つ目は、「HITひろしま観光大使100万人計画」です。広島の魅力を発信してくれるファンを、世界に100万人つくることを目指すプロジェクトです。

多くの人々を巻き込みながら、地に足の着いた、一過性ではない取り組みとして進めています。

――「HYPP」の活動について教えてください。

山邊昌太郎 私はよく「観光は団体戦だ」と話しています。観光に関わるのは事業者だけではありません。むしろ、観光経験のない一般の人や異業種の事業者の方が視点に偏りがなく、「消費者目線」で観光を考えられると感じています。

   そうした「消費者目線」を活かし、地域の事業者に観光業に挑戦してもらいたいという思いで、「HYPP」を立ち上げました。これまで、事業者とともに地域資源の掘り起こしや、新たな観光プロダクトの開発に取り組んできました。

   たとえば、福山市のインドカレー店の店主は、「福山にはまだまだ魅力的な場所がたくさんあるのに、観光客に素通りされてしまっている。何かできないか」という考えからHYPPに参加。あまり知られていませんが、福山市はデニム生地の生産量日本一を誇ります。彼はそうした地域資源を活用し、オーダーメイドのデニム作りや作業工程の見学ができる観光ツアーを立ち上げました。

   ほかにも、林業に従事する事業者が「林業の衰退を食い止めたい」「もっと関心を持ってほしい」という思いから、木を切る体験ツアーをスタートさせるなど、地域に根ざした事業者ならではの視点から観光プロダクトが生まれています。

――その地域ならではの体験が生まれていますね。

山邊昌太郎 「HYPP」を通じて4年間で1135件の観光プロダクトが生まれました。このような取り組みを継続していくことで「1万人が熱狂する100か所」を作ろうとしています。

――「HYPP」の取り組みを広げるために、どのような工夫をされているんですか?

山邊昌太郎 事業者からアイデアが生まれやすい環境づくりとして、「HYPP café(ハイプカフェ)」という交流の場を展開しています。

   「HYPP café」は観光に興味のある方が自由に集まり、座談会のような形で意見交換を行う場です。2024年度(令和6年度)には、県内各地で20回開催しました。各市町には、そのエリアで広い人脈を持つ「エリアパートナー」を配置し、「こんなアイデアを持っている人がいますが、興味のある方はいませんか?」といったかたちで、人と人をつなぐサポートも行っています。

   「観光は団体戦」です。事業者が観光業に挑戦するには、こうした交流の場が欠かせません。特にHYPPに参加する方の多くは観光業への取り組みが初めての方がほとんどです。そのため、進め方のアドバイスや協力者の紹介、さらには補助金の活用提案などを通じて、プロダクトの開発から観光事業としての成長までを伴走支援しています。

――「HITひろしま観光大使」についても詳しく教えてください。

山邊昌太郎 HITひろしま観光大使は、広島が好きな方なら国籍や年齢を問わず、誰でも登録できる制度です。

   観光大使になると、開発中の観光プロダクトにモニターとしていち早く参加できるほか、広島の最新情報をメールマガジンで受け取ることができます。大使制度を通じて、広島の魅力を口コミやSNSなどで発信してもらい、ファンの輪を国内外に広げています。2025年5月現在、観光大使の登録者数は約3万人を超えました。今後さらにその数を増やしていきたいと考えています。

――ほかにも広島ファンを増やす取り組みはありますか?

山邊昌太郎 旅の満足度を高めるために、「ひろしま観光アプリKINSAI(きんさい=広島弁で『いらっしゃい』の意味)」を開発しました。

   このアプリでは、「広島で美味しいお店を知りたい」といった投稿をすると、HITひろしま観光大使をはじめとする、広島に詳しい人たちがいっせいにおすすめを教えてくれます。広島を訪れた観光客からは「広島の人は優しい」という声をよくいただきますが、その「優しさ」をアプリでも実感していただける仕組みになっています。

――このほかどんな機能があるのですか?

山邊昌太郎 訪れたエリアでQRコードを使ってチェックインし、スタンプラリーに参加すると、景品などと交換できます。また、訪れたお店と「おいしかった」「また来てね」といったメッセージをやり取りできる機能も現在(25年5月時点)開発中です。加えて、外国人旅行者にも使っていただけるよう、英語・繁体字の翻訳機能の開発も進めています。

   ネットで完結する情報収集ではなく、あえてアナログな仕組みを取り入れることで、人と人とのつながりが生まれ、「広島愛」を深めることができると考えています。個人や地域のお店など、多くの人が観光に関わることで、より広がりのある、観光地へと育っていくことを期待しています。
「HYPP café」での様子
「HYPP café」での様子

人同士や観光地間の「連帯感」が大切...広島県をもっと魅力的に

news_20250526153749.jpg

――21年に「ひろしまをつなげる30人」(「つなげる30」)というプロジェクトを立ち上げられていますが、これはどんなプロジェクトですか?

山邊昌太郎 観光に限らず、何事も当事者意識を持つ人が増えなければうまくいきません。そこで、オタフクソースのような地元企業に加え、JAL、NTT、カルビーといった全国規模の企業、さらに県・市の行政などから、次世代を担う社員や職員30名ほどが集まり、観光や地域課題を自ら考え、企画・立案・実行するプロジェクトを立ち上げました。

――このプロジェクトからは、どんなワクワクするアイデアが生まれたのですか。

山邊昌太郎 ひとつの成果として、音楽フェスの開催が実現しました。広島はこれまで「音楽フェスなどのイベントが素通りしがちな都市」と言われてきましたが、フェス開催への熱い思いを持った第1期のメンバーが中心となり、2年半の準備期間を経て、実現に至ったんです。

   しかも、至るところで思いを語る中で知り合ったミュージシャンが、なんとYOASOBIのサポートメンバーだったことから、このフェスではYOASOBIの広島初上陸も実現しました。この音楽フェスは24年にも継続開催されており、県外からも来場者を集める一大観光コンテンツとして、着実に成果を出しつつあります。

   また、G7サミットの配偶者プログラムで披露された和傘「傘鶴(さんかく)」は、世界各国・地域から広島に寄せられた折り鶴を再利用して作られたものです。折り鶴は、和紙にすき込んで「紙鶴(しかく)」という紙に生まれ変わり、その紙を使って傘鶴が作られました。この商品も、「つなげる30」から生まれました。

――今後、チャレンジしたいこと、夢はありますか?

山邊昌太郎 夢は「世界トップ10の観光地になる」ことです。2024年の宿泊旅行統計調査(速報値)によると、広島県は延べ宿泊者数で日本13位に位置しています。しかし、「電通ジャパンブランド調査2024」では、広島県の世界的な知名度は日本で4位。この知名度にふさわしい地位まで宿泊者数を引き上げたい――それが私たちの夢であり、目標です。

   その実現に不可欠なのが、「団体戦」です。

   「うちの地域に、うちの施設に」と観光客を囲い込むのではなく、広島県全体、ひいては県をまたいだエリア全体で手を取り合うことが求められています。自分の地域に来てくれた観光客を、次の地域へとバトンを渡すようにつないでいくこと。そうした流れが生まれれば、県内そして日本各地を「周遊」する旅のスタイルが根づき、結果として広島県での体験価値がより高まるはずです。

   そのためにも、魅力的な体験ができる新たな観光地を、みんなで考え、各地で生み出し、相互につなげていくことが大切です。さらに、地域のファンとなった観光客が、その魅力をSNSなどで発信することで、新たな観光客を呼び込む好循環が生まれると信じています。

   この夢の実現は、決して遠い未来の話ではありません。


【プロフィール】
山邊昌太郎(やまべ・しょうたろう)
広島県観光連盟(HIT) チーフプロデューサー

広島県出身。1992年にリクルート入社後、新規事業開発、リクナビ責任者、求人各誌編集長を歴任。2008年に退社後は、複数の事業開発に取り組む。16年にカルビーのクリエイティブディレクターに就任、広島に新設された新商品開発拠点の立ち上げをリード。20年から現職。「HITには、地元広島のためになるなら、とジョインしました。それまで観光業界での経験はありませんでしたが、尊敬する先輩から教えられた「いつでもリセットボタンを押せる人であれ」を体現すべく、思い切ってチャレンジしました」

姉妹サイト