部下を守った上司の決断と現場に必要な「線引き」
恐怖を感じていた松原さんだが、背後から「代わります」と書かれたメモが差し出された。隣に立っていたのは、彼女の直属の男性上司だった。
「そのままヘッドセットを渡すと、上司は毅然とした態度で言い切ってくれました」
≪弊社だけでなく、私の部下に対しても侮辱的な発言をする方は、もうお客様ではありません!≫
普段は物腰が柔らかく、声を荒げることのない上司だという。その変化に、松原さんは驚きつつも、心底ホッとした。
通話後、同じ対応班の同僚たちからは、社内チャットで「よく言ってくれた」「あの対応はすばらしい」と賞賛の声が上がった。録音はすぐに本社へ提出され、クレーマーからの着信もぴたりと止んだそうだ。
「なにかしらの対応がなされたのだと思います。それから数日間、上司は通用口付近を何度も見回ってくれました。『本当に心配してくれた』ことが伝わってきましたね」
松原さんがなにより心に残っているのは、ただ「守ってくれた」という事実ではなく、部下の尊厳を守ることを選んだ上司の姿勢だった。
「『お客様だから仕方ない』では、現場はもちません。理不尽な要求に『NO』を伝えるのも、企業として必要な判断だと思います。アフターケアも怠らない、最高の上司でしたね」
現在はすでに退職している松原さんだが、当時を振り返り、次のように付けくわえた。
「暴言も、セクシャルな発言も、脅しも――。それは『カスタマー』の域を超えた発言内容でした。企業がその一線をはっきり示さない限り、現場の人たちは守られないと思います」
理不尽な要求に対しても毅然と対応する――。それは企業が従業員を守るためにもつべき「姿勢」かもしれない。松原さんは、この経験を通じてその重要性を強く実感したという。