米トランプ政権の関税引き上げが世界経済を揺るがしている。とりわけ自動車関税が日本を含む各国の自動車産業に与える影響は大きい。トヨタ自動車など国内大手7社の米関税影響額は2兆7000億円(2026年3月期通期)にのぼる見通しで、営業利益を約4割近く押し下げるという。自動車の生産台数が年間823万台(2024年)と世界第3位の日本の地位は、今後どうなるのか。日本メーカーが困惑するのは関税の引き下げ時期自動車をめぐり、日本と米国は追加関税12.5%と基本税率2.5%を合わせ、最終的に関税を15%とすることで7月に合意した。米国は4月3日から輸入車に追加関税を課し、関税を27.5%に引き上げたが、結果的に日本は15%に引き下げることで米国と妥協した。日本にとって気がかりなのは、日米間で自動車関税の引き下げで合意したにもかかわらず、トランプ政権が引き下げ時期を明言しないことだ。これには日本メーカーも困惑している。訪米中の赤沢亮正経済再生担当相は2025年8月7日(日本時間8日)、米ワシントンで記者会見し「米側の相互関税に関する大統領令を修正する措置を取るのと同じタイミングで自動車、自動車部品の関税を引き下げる大統領令を発出することを確認した」と述べたが、実効性が問われている。関税優位性が消滅した韓国、現代自動車などに危機感米国で日本のライバルとなるEU(欧州連合)と韓国も日本と同様、対米の自動車関税は15%となり、日本と横並びとなった。これは米国市場で日韓の競争に微妙な影響を与えそうだ。韓国と米国は自由貿易協定(FTA)を結んでいるため、韓国は4月まで関税ゼロで自動車を輸出できた。日本とEUの対米輸出には2.5%の基本税率がかかっていたため、韓国車の輸出にはわずかだが優位性があった。このため韓国は米国との関税交渉で税率を12.5%とするよう主張したが、トランプ大統領は15%で譲らなかった。わずか2.5%とはいえ、日本とEUに対する価格優位性が損なわれることに、現代自動車など韓国メーカーは危機感を持っているようだ。韓国のハンギョレ新聞は「従来無関税の恩恵を享受していた韓国自動車業界は、日本とEUに課されていた一般関税(基本税率)2.5%分の損害を被ることになった」と伝えている。米国の新車販売ベスト1位GM、2位トヨタ改めて今回の対米自動車関税交渉を眺めると、税率15%の影響を最も受けるのは日本と韓国だと言えるだろう。日韓に比べ、EUの対米輸出は相対的に少ないからだ。米オートモーティブ・インダストリー・セールス・リポートによると、2025年1~6月の米国の新車販売ベスト10は、1位GM、2位トヨタ、3位フォード、4位現代・起亜、5位ホンダ、6位ステランティス、7位日産、8位SUBARU(スバル)、9位VW(フォルクスワーゲン)、10位テスラだった。各国別では日本メーカーが米国市場の36.9%を占め、米国が34.2%、韓国が10.5%、ドイツが8.8%と続く。一見して日本メーカーの割合が高いが、関税の影響という点では、日本よりも韓国への影響が大きいはずだ。韓国は自国での生産がまだ5割日本にとって米国は最大の自動車輸出国だが、輸出額の約3割に過ぎない。日本メーカーは米国で現地生産を進めているからだ。これに対して、韓国は日本よりも輸出の割合が高い。ハンギョレ新聞によると、「現代自動車と起亜は昨年米国で販売した170万台のうち85万9000台を韓国で製造して輸出した」という。割合にすると輸出は5割以上だ。その意味で従来ゼロだった自動車関税が、15%となる影響は大きいだろう。同紙は「韓国政府も関税交渉過程で失った『2.5%の恩恵』を挽回するための政策づくりに取り組んでいる」と報じている。これは米国でライバルである日本車を意識したものであるのは間違いない。韓国がどんな対応をとるのか、日本メーカーとしては気になるところだ。一方、今回の米国の自動車関税交渉は、実質的に中国への影響は少ない。米中貿易戦争の影響で、中国メーカーは元来、米国に自動車をほとんど輸出していないからだ。2024年の世界の自動車生産は中国が3128万台とトップで、2位が米国の1056万台、3位は日本の823万台、4位はインドの601万台、5位はメキシコの420万台と続く。6位は韓国の412万台、7位はドイツの406万台だ。日本ではブランド力の高いフランスは13位、英国は19位、イタリアは22位だ。中国やインド、メキシコの台頭で、ドイツ以外の欧州メーカーの地盤沈下は激しい。中国メーカーの欧州での動きが無視できない注目すべきはトップを独走する中国メーカーの動向だろう。中国の自動車輸出は2023年に日本を抜いて世界首位となった。メキシコ、ロシア、アラブ首長国連邦、サウジアラビアなどが主要な輸出先だが、近年はアジアと欧州に攻勢をかけている。自動車産業は単純に生産台数で比較できないが、日本メーカーはとりわけ欧州で中国メーカーを無視できないだろう。中国で気になるのは比亜迪(BYD)だけでない。自動車大手、浙江吉利控股集団の存在だ。吉利はスウェーデンのボルボを傘下に収めた。吉利の創業者が所有する法人は独メルセデス・ベンツの大株主という。吉利は欧州メーカーの技術者を引き抜き、ここ数年でエンジン開発の技術を一気に高めたと言われている。これまで中国メーカーはBYDを筆頭に電気自動車(EV)で世界をリードしようとしてきたが、ここに来て欧州などで人気のプラグインハイブリッドカー(PHEV)の開発にも注力している。現地でささやかれる中国メーカー「破綻」の恐れPHEVはこれまでトヨタや三菱自動車など日本メーカーが得意としてきた分野だ。中国ではBYD、吉利に続き、長城汽車集団(GWM)や奇瑞汽車(チェリー)なども存在感を高めている。米国市場に進出できなくても、欧州やアジア市場で中国メーカーが台頭する可能性がある。もっとも中国では自動車メーカーの群雄割拠で消耗戦が続いている。過剰生産でEVの在庫が積み上がり、「中国の不動産大手・恒大集団のような破綻が自動車業界でも起きるのではないか」と、現地ではささやかれている。事実とすれば、日本への影響は無視できないだろう。中国は日本にとって、米国のトランプ関税に次ぐリスクともいえる。いずれにしても、日本の自動車メーカーはグローバルにビジネスを展開しており、米国の自動車関税はもちろん、中国メーカーの動向を含め、これまで以上に全方位の厳しい対応が求められている。自動車生産の世界第3位の地位がすぐに揺らぐことはなかろうが、油断は禁物だ。(ジャーナリスト 岩城諒)
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