石破茂首相の後任を決める自民党総裁選に出馬した、高市早苗前経済安保相の発言が物議を醸している。
告示日の2025年9月22日に開かれた所見発表演説会で、地元である奈良の鹿について「足で蹴り上げるとんでもない人がいる」と述べ、外国人観光客を犯人視するかのような主張を展開。だが、その情報の真偽を疑う声が相次いでおり、首相を任せられるだけの情報リテラシーを危ぶむ見方も出ている。
「外国から観光に来て、日本人が大切にしているものを」
高市氏は所見発表演説会で、冒頭からいきなりこう切り出した。
「皆様こんにちは。高市早苗、奈良の女です。大和の国で育ちました。奈良の女としては、奈良公園に1460頭以上住んでいる鹿のことを気にかけずにはいられません」
さらに持論を展開した。
「そんな奈良の鹿をですよ。足で蹴り上げるとんでもない人がいます。殴って怖がらせる人がいます。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと痛めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん、何かが行き過ぎている、そう思われませんか? SNSも目にしますよね」
NHKの分析によると、この演説では「日本」と16回述べたのに次いで、「鹿」という言葉が11回登場したという。
この主張は瞬く間に波紋を広げる結果に。共産党の小池晃書記局長は「排外主義的な議論をあおり立てるのは大きな問題がある」と批判し、国民民主党の玉木雄一郎代表は記者団に「外国人がやっていたとしたら、けしからん」と述べた。
また立憲民主党の蓮舫参院議員は自身のX (旧Twitter)で「鹿への暴力行為は外国人のみならず日本人でも許してはいけません。外国人、しかも今は削除されているSNS映像が根拠とされたお話を自民党総裁候補が口にされたことに極めて違和感を覚えました。かつ、総裁にならずとも対応すべき案件です」と高市氏に噛み付いた。
背景に見える「元迷惑系」市議の発信
2024年7月にはSNSで男性が奈良公園で鹿を蹴る動画が拡散されたが、現在は削除されている。このことについて東京新聞は2025年9月22日、奈良公園を所管する奈良県庁の担当部署に取材した記事を公開した。
記事によれば、県の担当者は「動画の人物が誰か、外国人であるかどうかは特定されていない」と説明したとのこと。また、外国人観光客による鹿への暴力行為も日常的に確認されていないという。
この「外国人観光客が鹿に暴行している」とする言説の拡散に大きな役割を果たしているのが、元迷惑系YouTuberのへずまりゅう氏だ。
2024年7月から奈良公園で「鹿パトロール」と自称し、中国人観光客をターゲットに「鹿の脚蹴ったやろ?クソブタが!」などと罵声を浴びせ、顔を無断撮影してSNSに晒す行為を続けてきた。この活動で一定の支持を獲得し、2025年7月には奈良市議選で初当選した。
高市氏の「鹿発言」に対しても、へずまりゅう氏はXで誇らしげにこう反応した。
「高市早苗さんが奈良の鹿さんについて声を上げて下さりました。この流れで鹿さんに暴力を振るう中国人は追い出し罰金を取りましょうよ」
だが、過去に何度も迷惑行為を繰り返してきたへずまりゅう氏の発信について、真偽を疑う見方も多い。観光客が鹿に暴行を加えたとする発信には証拠が示されていない例が多く、中には他のユーザーが投稿した、国籍不明の男性が鹿を蹴る様子が映った動画に「この中国人を国外退去させろ」と文面を添え、自身のXに転載した例もあった。
日本記者クラブ主催の討論会で
9月24日に開かれた日本記者クラブ主催の討論会では、高市氏に対し「外国観光客が鹿を蹴り上げたりという感じで批判していたが、根拠はあったのか」という質問が飛んだ。高市氏は、
「自分なりに確認した。奈良公園の鹿も被害を受けている」
「こういったものが流布されているということによる私たちの不安感、怒りがある、これは確かなことだと思う」
と自説を曲げず。だが、具体的な根拠は何も示さなかった。
高市氏に対してSNSでは「へずまりゅうの言うこと鵜呑みにするようなリテラシーで総理大臣なんか務まるわけないだろ」「高市さん、これもう完全に自爆でしょ。総裁選終了」などの拒絶反応が相次ぎ、炎上状態となっている。
総裁選は9月22日に告示され、高市氏の他に小林鷹之元経済安全保障担当相、茂木敏充前幹事長、林芳正官房長官、小泉進次郎農水相が立候補。10月4日に党の国会議員と全国の党員・党友による投開票が行われ、事実上の次の首相が決まる。大手メディアの見立てでは、小泉氏と高市氏が有力候補と見られている。